東京の公共交通機関はキャバクラよりもボッタクリなのか?

インターネット新聞janjanに、面白い記事が投稿されていた。
 
公共無視「せこい」東京メトロと国:失政の上に莫大な利益・ああ東京に公益なし
 
 この記事によると、東京の各鉄道網は公共交通の名に値しないと明言している。なぜなら、事業者だけで6事業体もあり、それぞれがバラバラの料金体系を敷いていること、そして難解な路線網(路線図なしで乗り回せる人は「メトロの達人」と呼ばれるらしい)、大手町などの乗り換えの不便さ、などを指して東京の鉄道は公共交通とは言えないと、言っている。

Tokyometro
 
 そこまで言うかと思うが、事業者毎に料金を取られる(例え直通運転していたとしても)ことは、「居酒屋で時間により経営者が変わって、その時間帯をまたぐたびに別料金を払わなければいけないということと同義だ。」また、「キャバクラでもお姉さんが変わる際には一言断る。」
 まあ、キャバクラの話をわざわざ出すこともないと思うが、同じ地域内に関わらず、事業者が変わるたびに別料金が発生する公共交通というのは、よくよく考えてみれば摩訶不思議なものである。
 
 キャバクラがボッタクリだと思えば、そんなの行かなければいい話だ。しかし、公共交通は全く同じ地域内では選択肢はないに等しいので、それを使わざるを得ない。本来なら、医療や教育など同様に公共の福祉であるはずのものである。それにも関わらず、平気で悪気も無く料金を二重取りしている現状は、「キャバクラ以上にぼったくっている!」と言わざるを得ない、とも考えられる。
 この記者は、こんな状況を痛烈に批判しているが、この問題に本気で取り組む政治家なりが出てこないのも不思議なものである。
 
 東京の場合は、不便で難解で、混雑酷くて運賃が事業者毎に別でも、それしか選択肢がないに等しいので曲りなりにも利用されている。(利用せざるを得ない)
 一方で、地方都市でも、こんな調子のことがほとんどだ。事業者間の連携などないに等しいことが多い。そのため、どんどん利用者離れが進んできた。今、地方都市で公共交通が利用されるには、運賃体系の統一(基本運賃自体も安くすべし)、他種との連携を密にする、本数を確保する、分かりやすく使いやすいネットワーク(バス路線は多くの場合複雑怪奇で組み合わせて使えない)に再編する、情報を提供するなど、色々本気で取り組まないといけない。

 例えば、ドイツでは各都市圏で交通連盟を結成して、運賃体系の統合を図っていることが多い。そのエリア内では、ドイツ鉄道線も地下鉄もトラムもバスであっても、事業者や交通機関が異なっていてもあたかも一つの事業者のように利用できる仕組みが整っている。さらにそれを発展させて、一定エリアの公共交通機関を格安で利用できるパスが発行されている都市もある。環境首都フライブルクのレギオカルテ(環境定期券)なんかが有名だ。
 むしろ、地方都市こそ可能性がある。なぜなら、鉄道路線自体は少ないのでシンプルで分かりやすい。それでも多くの居住域をカバーしている、JR線、郊外私鉄、路面電車にせよ、地下鉄や新交通に比べて、ずっと乗り降りしやすい。 多少の設備改良と、ソフト施策の工夫でずっと使いやすくなる。それには、民間の論理だけに任せず、各種交通機関を調整する交通局(直接運営はしない)の存在が欠かせないが。

2016年4月
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