筆者は、現代の車社会を「現代における最大の怪奇」だと述べているが、これには私も異論はない。
毎日毎日、全国のどこかで人が自動車に殺されたり、傷ついたりしているにかかわらず、それがさも当たり前の出来事として扱われ(年間の死傷者からしたら日常茶飯事であると言わざるを得ないが・・・)、何ら抜本的な対策をとらずに、何十年も車社会のあり方を本質的に変えようとしないのだから。鉄道や航空機の事故、工事現場の事故、家電製品等の火災に対する社会の対応と比べてみてもその無頓着さ(交通事故は仕方ないという考え方)は明白だ。
また、子どもへの交通安全教育も怪奇そのものだ。子どもには耳にタコができるくらいに、「車は危険だ!車に気をつけろ!飛び出すな!道路であぞぶな!」と、言い聞かせておきながら、当の危ない原因をつくっている自分たち大人の自動車利用は不可侵としているわけだから。それでいて子どもが事故に巻き込まれると、子どもにも過失ありとする社会の風潮も異常であると。それに対して、「子どもは視覚等も未発達で判断力も大人に劣る。時に間違うものであり、飛び出しなども興味引かれるものがあったら当然してしまう。道で遊ぶのも子どもにとって当然で大人がそれを制限すべきでない。大人がやるべきなのは子どもが間違っても二重、三重に守られるようにすることだ。」と述べている。
このように筆者は、現代の車社会のあり方を疑わない社会自体を痛烈に批判している。それは、けっこうキツイ主張であるが本質的には間違っていないと思う。他にも、市街地の速度は20km/hに制限せよ、ハンプを幹線道路にも入れろ、歩行者とは厳重に隔離せよ、路地は通行禁止にせよ、運転基準を設置せよ、専門家のみに操作を委ねよ、助手席には警察官(要するに副運転手)を乗せて安全を確保せよ、歩行者にぶつかっても死傷事故にならぬように車体をやわなものにせよ、自動車の絶対量を減らせなどと、相当に過激な主張が並ぶ。
それらを実行するかはともかくとして、こういう問題意識をもっとドライバーに知ってもらうのはいいことなので、教習所でこういうこともきちっと教えるべきだと個人的には思う。少なくとも、今よりは歩行者に気を使うようになるだろう。
(目次)
序 論 まず全体を理解しよう
1 犠牲(いけにえ)になる子どもたち
2 過剰モータリゼーションの結末
3 私たちに何ができるか
本 論 もっと詳しく知ろう
第1章 自動車によって道は危険のちまたに
1 自動車にはシステムの欠陥がある
2 危険な自動車・危険な無法駐車
第2章 自動車の害は広範囲に及ぶ
1 排気ガスが肺をむしばむ
2 騒音・振動が心もむしばむ
3 スパイク粉塵(車粉)もいぜんとして深刻だ
4 ホコリも泥はねも、ガラス公害も犯罪も
第3章 他の誰よりも子どもやお年寄りが影響をこうむる
1 子どもは遊び場を奪われて泣いている
2 お年寄りには利用できるバスがない
第4章 ハンプで事故は激減する
第5章 せめて小路は「禁車」にしたい
第6章 運転は素人にまかせてはいけない
第7章 何よりもクルマが多すぎる
1 鉄道や市電をもっと使おう
2 公害には責任をもってもらおう
3 自動車会社にも厳しい目をむけよう
第8章 交通行政を考え直そう
1 パート警察官を雇わせよう
2 交通行政も異常だった
3 「西独型対策」だって異常だ
あとがき
事項索引
『野蛮なクルマ社会』(杉田聡著 1993年5月 北斗出版)
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