わが母校も・・・・

このブログ初の高知ネタ。

これから、高知ブロガーとの交流も兼ねて高知ネタもアップしていきますね。

さて、ここ最近、世間を騒がしている「高校の単位未履修問題」なんで今さら発覚した感がないわけでもないですが)、おそらく私の母校も該当しているかと思っていましたが、見事にひっかかってました!

高知県では、学芸、土佐塾、高知、土佐女子の私立4高校で該当していた。要するに、土佐と明徳と中央以外の私立高校は該当しているということだ。高知県の進学校の老舗の土佐高校が該当してないのは、意外にも意外ではある。

私の出身高校は、例の高知市のはずれの北中山の山頂にある「土佐塾中高等学校」です。中高一貫で、6年間通いました。

土佐塾で該当していたのは、総合理科AまたはB(どちらか1科目必修)が全員と、公民(現代社会、政治経済、倫理のうち1科目必修)が一部の生徒を除いて未履修ということだ。公民は、おそらくセンター試験で政治経済を利用する人以外が該当しているものと思われる。

私が在学していた1998年4月~2001年3月では、私はどうだったか思い出してみる。

英語・・・高校1年からリーディング、文法、オーラルと週6時間これでもかとやる。単位が足らないなどあり得ない。ご○き先生の授業はネタそのものだったがね(笑)

数学・・・数学Ⅰ全部とAの一部は中3時に習得。これも週に6時間あった。理系なので当然ながらⅢとCまでやる。

国語・・・現代文、古典の2構成。授業時間は同様に十分ある。古典などまともに勉強などしたことないが(赤点挽回のときをのぞく)。

社会・・・世界史は高校1年で全員週2時間履修。これも問題なし。世界史Bの教科書ルネサンスまでもいかなかたけどね。公民も同じで1年次に現代社会を全員履修。高校2年からは理系クラスだったが、センター対策のため地理を2・3年週4時間履修。この科目が数学とならび好きだった。

理科・・・1年のときに全員化学を週2時間。文系は、2年で1科目で3年では国公立志望者のみ履修。理系は、2科目。私は理系の典型的パターンの物理化学を選択。物理がダメダメだったが、化学は友人に対抗するためか熾烈な得点競争を繰り広げていたことは12期の間では有名な話。

家庭科・・・1年のときに週2時間。問題なし。

芸術・・・1年のときに週2時間。問題なし。

保健体育・・・進学校ながら高3になってもある。たまには体を動かす必要があるということだ。高3では、ゴルフを選択し、体育嫌いな私でもはまってしまった。

以上が当時の実態である。あれ?公民が未履修ということなんだが、いつの間に現代社会の授業をやめてしまったのだろうか?

一連の未履修問題は、大学進学を目指して受験勉強している生徒のことを思ってうまいこと裏工作していたことが表面化したものだ。要するに、大学受験で国公立や有名私立に1人でも多く生徒を送り込むため、試験問題を解くテクニックを習得するため、それに専念して関係のないことを省こうと言うことだ。目先の結果を効率よく達成することのみを主眼においている。

確かに、受験生であったときは「受験に関係のない科目なぞやってる暇はない!ただでさえまだまだ勉強は不十分で、問題集も解き進めないといけないし・・・。」と思っていた。それは、至極当然の考えだ。とにかく大学に合格しないと始まらない。私も、勉強は「大学に合格する」ためであり、それ以上の深いことを考えることはなかった、いや、考えようとしなかった。

だが、大学に入ってからその考えはすぐに間違いだったことに気づく。1年次の1学期に、空いている時間を埋めるために他学類の講義の「比較文化概論」(通年講義)を履修してみた。これは、主にルネサンス時代を扱った内容であるが、私は「最初、ルネサンスって何だ?」 世界史をまともに勉強してないので知らない。でも、さすがにこれではマズイ!実家から急遽、世界史Bの教科書を取り寄せて、ルネサンス時代から現代までとりあえず読破。だんだんと、

「なんで、こんな大事なことを勉強しなかったんだ?」

全く世界史を知らなかったことに愕然とした。高校で、受験科目に必要のない科目を、切り捨てているような教育に疑問が生じたのである。後には、妹も高校を卒業し、日本史と政治経済と倫理との教科書を譲り受けて一読してみた。生物も譲り受けたがこれは今も手つかず。こられも「最低限、知っておく必要がある内容じゃないか!」 

高校で詰め込んだ内容(一夜漬けで一生懸命暗記したとしても)も、後々に「あの時、勉強したことは決して損ではなかった」と。その知識は、様々な場面で役に立つことに気づく。社会において色々な物事を考える上でやはり最低限のことは知っておかないと議論もできない。受験に関係ないなどと言って無視していると後々、後悔することになる。

専門家でも、ただの専門バカ(露骨な言い方でスマン)と専門分野も極めた上で幅広い教養がある人とでは、話をしても聞いても伝わってくるその人の魅力は、雲泥の差である。

理系だから、歴史なんか勉強しなくていい、文系だから物理なんか全く知らなくていいなんていうこと大きな間違いだ。それに、どんな分野であれ、様々な分野においての教養は必要だ。古文・漢文など、私でさえ「こんなものやってどうするんだ?C言語でもやってたほうがよっぽどためになるのに・・・・」など思っていたが、今では漢文の根底に流れている哲学を知ることは、教養としても物事を考える上でも重要だと気づくようになった。

特に、社会は地歴公民すべてしっかり勉強すべきだと思う。文系であろうが理系であろうが社会の中でで生きているのだから。また、この教科は特に、ただの知識の暗記のみならず、問題意識を持ち、テーマを設定し、グループで議論することが望ましいと考える。私が都市計画を中心に勉強しているからこそこう考えるようになったのである。

ただ、問題は高校生自身にとってはなかなかその必要性が理解できないということだ。後々になってみないとわからないことも多い。私も当時そんなこと考えもしなかったからね。それで、どうすれば幅広く興味を持って勉強しようというモチベーションが生まれるようになるのかは、なかなか難問であるが。そういう意味では、SSP(進路サポートプログラム)の一環で高校生自らがゼミ・ワークショップ形式でまちづくりに取り組み、高知市に提案した事例は、非常に評価する。

それでも、理科総合なんぞやるだけ時間のムダだと思うんですがね。私が見ても「進学校の生徒をナメとる」ような内容だ。こんな中途半端な科目を勉強してもしょうがない。学校側も、「理科基礎や理科総合では受験には内容不足。化学や物理を勉強する中で、理科基礎や理科総合は十分学べると考えた」(安岡伸二教頭)と言及しているように、あまり履修の必要性を認めていない。やるにしても、選択しない科目の部分のみを、特講期間に短期集中で実施すべきである。

土佐塾はSSP(進路サポートプログラム)の導入などにより、ただの受験勉強にとどまらず、幅広い視点を持ち自発的に物事を考えることを重視する学校教育を追求している。今回の未履修問題があった件はちょっと残念であったが、土佐塾にはこれからも頑張ってほしい。

2016年4月
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