高知の湘南 「夜須町」 <第二弾>

久しぶりに、香南市夜須町シリーズでも行きますか。以前書いた大特集! 「高知の湘南 夜須町」の続編です。今回も、海岸線を中心に様々な風景を紹介していきます。

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おなじみの月見山公園からの眺めです。

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香我美町岸本の海岸より手結岬方面をのぞむ。冬に撮影したに関わらず夏のようです。自分がとった写真の中でも最もお気に入り。

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沖合いにはヨットが数艇たたずんでいます。その向こうは水平線。

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ヤシィパークには、数多くの椰子の木が植えられています。

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夏場は多くの人手で賑わいます。ヤシィパークは常に人気が高いスポットになりました。

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石積み護岸の日本最古の掘込港、手結港。手結港そのものと周辺の家並みで、独特の景観を形作っています。こういうものはもっと評価されてもいいですね。

《参考》
ALL-A: 手結港  手結港可動橋
夜須町手結港
手結港写真集 (私のサイト)
映画「南風=まぜ」の舞台「手結港」-1 映画「南風=まぜ」の舞台「手結港」-2 (気ままにブログ)
24 手結港(ていこう)

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漁船と港の周りを取り巻く民家。まさに美しい日本の原風景を見ているかのようです。それは言い過ぎかも…。

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こちらは、上の写真の外側にある手結外港です。大正初期に川村益太郎氏の尽力により整備され近代化に貢献しました。その向こうは、旧手結海水浴場です。

さらに続きます。

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「シースポ」からの海の眺め

 香南市夜須町のマリンスポーツ施設「シースポ」から、見る海の景色は美しいです。このように、窓越しに広々とした海を眺めることができます。

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 出艇しているヨットだって、はっきりと確認できます。こうやって見ると湘南の雰囲気に重なるところがあると思いますね。(参考記事:高知の湘南 夜須町

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 沈み行く夕日を見るのもなかなかのものですね。下の写真は、2007年12月18日の、午後5時前のものです。真っ正面に沈みます。

・ YASU海の駅クラブ公式サイト

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ヤ・シィパークのイルミネーション

クリスマスが近づき毎年恒例のヤ・シィパーク、夜須駅前がイルミネーションで彩られる季節がやってきました!
せっかくなので写真に収めておこうということで、13日の夜9時に撮影してきました。

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夜須駅の駅前広場もすっかりクリスマスモードです。しかし、メインとなるクリスマスツリーはどこでしょうね。

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ヤ・シィパークのシンボルの椰子の木もライトアップされています。

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道の駅やすの店舗の屋根にもルミネーションが施されています。鯨のようですが、なかなか凝った演出ですね。

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夜須駅のマスコット「やすにんぎょちゃん」もすっかりサンタさんの装いで。バックのイルミネーションと相まってなかなか似合っています。

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やすにんぎょちゃん・クリスマスバージョン

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 ごめん・なはり線、夜須駅のマスコットキャラクター「やすにんぎょちゃん」。腕もきちんとなおっていましたし、さらにはクリスマスの装いになっていました。なかなかかわいらしいですね。

 しかし、相変わらず進入禁止のロープが張られています・・・・。

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12月7日の手結港

 12月7日の手結港、夕暮れの様子です。

 水面に光が反射している街路灯がなかなかの風情を醸し出しています。

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大特集! 「高知の湘南 夜須町」

 今回、初めて管理人の生まれ育った町、「夜須町」について取り上げてみたいと思います。2006年3月に、周辺の市町村と合併して「香南市」となりましたが、夜須町は夜須町として取り上げていきます。
 夜須町は、高知市から東へ20kmほどの海岸に面した、人口は4300人ほどの小さな町です。主要産業は、農業でこれはこれでハウス園芸で、トマトなどは特産品になっています。やはり、特色は自然が豊かなことでしょう。小さな町の中にあらゆる地形が凝縮されています。特に海岸線の変化は多様で様々な地形が見られます。

 地元の方は、なかなか気づかないようですが、他地域の方からしてみたら、夜須は「湘南地方の雰囲気がある」と感じる方が結構いらっしゃるようです。
 私も、それには最近まで全く気づきませんでした。しかし、改めて地元の町を見直してみると「ああ、確かにそうだな」と思えるところがたくさんあります。
 これから、どういうところが湘南に似ているか紹介していきたいと思います。また、湘南とは、また違う姿も見せる街なのですが、それは次回にでも譲ります。

 何が似ているかというと、最大の点は、海岸線の雰囲気、そしてその地理的なロケーションが色々と共通していることです。特に、赤岡から夜須にかけてのロケーションはすごく似ています。そして、夜須の西半分は、平野が開けていますが三方を山に囲まれています。これは鎌倉もそういう地形です。

 まずは、全体の雰囲気をつかめる写真を3枚のせます。

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 月見山より、夜須町の海岸線のうち西半分を望む。写真中央が、ヤ・シィパークと夜須の街で、奥の山との境目には港町の手結地区、右端の岬は手結岬です。湘南と言われれば、そんな気もしてきますね。

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 こちらの写真は、海風荘の前から撮影したものです。上の写真とは逆に、東から西を見たもの。下の、港は手結港(後述)です。夜須町の西半分は、4kmほど上流まで夜須川の両側に平野が開けていて、田園地帯の趣です。三方を山に囲まれた鎌倉みたいな地理です。

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 手結外港の防波堤から、夜須の海岸線を見たもの。下に釣り人の帽子が写りこんでいますが・・・・。一応、海からみた夜須町の風景ということで。

 これらの写真だけでも、けっこう湘南の雰囲気に近いと思いませんか?これより、個別に見ていきます。

 まずは、ヤ・シィパークについてです。2002年に旧手結海水浴場を引き継いで、オープンした海浜公園施設です。単なる海水浴場でなく、芝生広場、ボードウォーク、子供広場などの様々な施設、それに道の駅やすも併設していて、飲食店や土産物店、直販市などがあります。オープン当初から話題を呼び、県外からもやってくる人もいるそうですし、定番のデートスポットにもなりました。
 この施設は、湘南では江ノ島の西側に広がる「湘南海岸公園」に近いところがあると思います。または、「大磯ロングビーチ」でもいいかも。こちらは大磯プリンスホテルの併設ですが、夜須には国民宿舎海風荘やリゾートホテル海辺の果樹園があるので、強引にそれと引っ付けて・・・。ちょっと無理があるか・・・。

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 ヤ・シィパークの名前の由来は、夜須、海、椰子の木から来ています。

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 高知市からも2番目に近い海水浴場で、夏場は賑わいます。

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 芝生広場。ここから見る海と空、美しいです。

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 左の写真は、ヤ・シィパーク名物のボードウォーク。(西村健一さん提供)アメリカ西海岸の海浜公園をモデルにしたそうです。
 右の写真は、道の駅やすも併設していまして、休日は多くの人で賑わいます。

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 ありし日の手結海水浴場です。私にはすごく懐かしく感じさせる光景です。こっちはこっちで天然の遠浅の砂浜で、正統派(?)の海水浴場として古くさくも情緒はありました。

 夜須はヨットの町でもあります。2002年の高知国体では、ヨット競技が開催されましたし、夜須中学校にはヨット部があります。その国体の時に、夜須川を挟んでヤ・シィパークの東側に、ヨットの艇庫などができました。

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 夜須は、ヨットの基地にもなってます。(西村健一さん提供)

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 写真は、西村健一さんの提供です。

 夜須の西半分で東の山地の接するところには、藩政初期に野中兼山が造成した手結港および手結の漁村集があります。現在でも現役で使われており、その周辺の街並みも情緒たっぷりです。この光景もちょっと厳密な湘南地域からは外れますが、三浦半島の三崎や油壺に近い雰囲気が感じられます。

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 手結内港。石積みの護岸が情緒たっぷりです。

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 同じく手結内港です。

 赤岡から夜須にかけて、海岸線に沿って、ごめん・なはり線が通っていますが、高架なので太平洋の大海原が望めます。その光景が、鎌倉高校前付近の海沿いを走る江ノ電こと江ノ島電鉄からの車窓にそっくりです!下3枚の写真が、その車窓風景です。

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 香我美駅付近より。写真は、nakameさん提供です。

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 香我美駅~夜須駅間の車窓。沖合いには、ヨットが。この光景も湘南に似ています。

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 夜須駅のすぐ東、夜須川河口。遠方には、仏が崎が見えます。

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 ごめん・なはり線の列車です。

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 こちらは、海岸沿いを走る湘南の江ノ電です。(鎌倉景観研究百選より) 高架か地上の違いはありますが、こう見ると、結構、鉄道もロケーションが似ています。

 そして、夜須町の東半分は、手結岬は四国山地まで続く山岳地帯が突き出しているということもあって、起伏に富んだ丘陵地帯を形成しています。段々畑も多く見られます。そこからの眺めはすごく綺麗で、美しい海が眺められます。
 そのためか、そういう場所に住宅が並び、別荘も多く建っています。この辺の雰囲気は、湘南では逗子や葉山に似ているように思えます。(参考:葉山の風景

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 羽尾に続く大峰山の林道から、住吉漁港方面を撮影。住吉もこじんまりとした漁村で、風情があるところです。(参考:お盆休みの住吉海岸

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 手結山の丘陵地帯。左の欧米風の建築は、リゾートホテル海辺の果樹園。右の白い建築は、なんかの寺院だそうですが、詳しいことは不明。周辺には、別荘も何軒か立地しています。まさに、葉山ではないですか!

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 手結山の眺めのいい場所に住宅が建ってます。しかし、もうちょっと景観に配慮してもらいたいところですが・・・。

 付け加えて、夜須の海岸線は変化に富み、実に風光明媚です。海岸地形の博覧会と言っても過言ではないでしょう。遠浅の砂浜あり(旧手結海水浴場やヤ・シィパーク造成前の夜須の浜)、入り江の漁村あり(手結内港)、潮干狩りのできる磯浜あり(塩谷海岸、住吉海岸)、手結岬周辺の切り立った海崖あり(参考:手結岬と手結埼灯台)、さらに大手の浜には珊瑚礁まであります。(参考:夜須町大手の浜

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 塩谷海岸は磯浜になっています。夜須小学校の春の遠足はいつもここでした。いろいろと思い出もあります。

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 大手の浜、手結岬周辺。切り立った海崖で珊瑚礁も発達しています。

 こう見ていくと、「高知の湘南」と呼ぶにふさわしい素晴らしいロケーションの町だと思えます
 まさに、鎌倉と葉山と江ノ島と鵠沼海岸とそして油壺が、コンパクトにまとまったのが夜須町ということになりますね。ただ、赤岡も含めて考えると、どっちが江ノ島になるのやら・・・。地理的には、夜須=鎌倉&葉山(&油壺)、赤岡=江ノ島&鵠沼(ただし赤岡には江ノ島にあたる島がない)でしょうが、赤岡は歴史的にも古く昭和50年ごろまでは香南地区の中心地区として栄えていました。絵金も有名です。そんなことから、赤岡こそ鎌倉に相当すると考えてもよさそうです。(参考:赤岡の歴史

 夜須は決して何もない変哲な田舎ではありません。海もあり山もありこれらは宝の山です。これだけ素晴らしい資源を持っているのですが、この10年ほどで失われたものもあります。手結の浜は道路を造ったため狭くなってしまいました。天然の遠浅の砂浜だったの名残惜しいです。また、残念なことにまだまだ住民がその「価値」に気づいていません。それらを大切にしていこうという思いや、活用しようという思い、まちを育てていく思いもまだまだだと思います
 この素晴らしいロケーションは、芸術家や学者などの文化人が定住する町になりえます。こういう格調の高い人々が流入すると、既存の住民にもよい影響を与えるでしょう。新たな文化だって生まれます。

 「夜須町在住者、夜須町出身者とも大いに香南市夜須町について誇りを持っていいぞ!」

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補修しないとかなり危険では

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高知に帰省した時のネタ、まだまだアップします。
写真の橋は、私の出身である香南市夜須町にかかる豊栄橋。昭和13年(1938年)3月に、当時の土佐浜街道に架けられた、夜須村(当時)では初の鉄筋コンクリート橋です。

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現在は、200mほど南を国道が通っており、この橋は旧道となりました。
昭和21年の南海地震にも耐え、今日でも建設当時とほぼ変わらぬ姿をとどめて、間もなく70年を迎えようとしています。

しかし、よく観察してみると相当ヤバイことが発覚・・・。
3つある橋桁のうち一番東側の桁が、一部で下部のコンクリートが崩れ落ち、鉄筋がむき出しになっています。しかも、錆びが浮いてボロボロ・・・。橋脚にも剥がれ落ちた部分が。ほっておいたら鉄筋の錆びは、さらに進行します。海岸からも近く塩害の影響もあります。一刻も早く補修が必要です。

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ただ、橋そのものは、まだまだ現役でいけそうです。補修すれば、十分でしょう。無個性なデザインの橋が台頭する中で、この橋は独特の雰囲気を持ってます。懐かしさもそうですが、貴重な社会資本ストックとして大切にしてもらいたい。

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津波対策を名目としながら、実際は財政の無駄で街壊しをするだけの道路を造る予算があるなら、こういうところに目を向けるべき。ミネアポリスのように崩れ落ちて死傷者が出てからでは遅い。必要な社会資本投資です。新たなものを造るだけでなく、メンテをすることにもっと力を入れてもらいたいところ。

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お盆休みの住吉海岸(8月12日)

お盆休みは、8月11日(土)から始まった人も多いかと思います。香南市夜須町では最も東端の住吉海岸にちょっと行ってみました。

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普段は、静かな海岸ですが、この日は賑わっていました。
漁港の方では、堤防で釣りをする人が、すぐ東の磯浜では、家族連れなどが潮干狩りに来ていました。中には、県外ナンバーもあったので、帰省していたのでしょう。

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この日は、沖合いに発生した熱帯低気圧の影響かやや波が高かったですが、いい天気でした。
やっぱり海が身近にある方がいいですね。海辺でずっと子供時代を過ごしただけに。
茨城県つくば市は、海からかなり離れておりたまに海が恋しくなります。

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やすにんぎょちゃんが・・・(8月13日)

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ありゃりゃ・・・。
ごめんなはり線・夜須駅のマスコットキャラ「やすにんぎょちゃん」の右腕が、エライことに・・・・。

腕がぽっきり折れて、骨折した時のような応急処置が施されています。
だれかが腕にもたれかかってその重みで折れたのでしょう。今は、進入禁止のロープが張られています。

下の写真がもともとの姿ですが、はやく治ってほしいものですね。

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これ以上地域を壊すな!

またまた、出身の田舎町の話になってしまい恐縮だ。最近、開いた口も塞がらないほどの、意味の分からん話を聞いてしまった。

香南市も、他の高知県の自治体と同様に、近い将来必ずやって来ると言われている南海地震に備えて、様々な防災対策を実施している。各所に標高を表示する、避難場所への経路を示す、公民館の屋上に逃げ込めるように非常階段を設置するなど多岐に渡っている。その中で、全くもって信じがたいわけの分からん計画があるのだ。

それは、避難用の道路を建設することである。そのルートだが、どうやら国道55号沿いのおむすびだるま付近から入り、岡(観音山)の東側を通り、行間団地方面に伸ばすそうである。津波から逃げるために必要ということらしい。ルートはおそらく下のようになるだろう。

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私は、言いたい。

いまさら、街の中をぶち抜いて道路造って何になるのか? しかも、小さな街の!

以下のように、疑問点がいくつも浮かび上がってくる。

・ 道路が出来ることによって交通上の利便性とは関係は全くない。岡(観音山)を挟んですぐ西に道もあり、交通量自体はほとんどないに等しい。延ばした先に大きな施設があるわけでもないし・・・・。東側にも奥地まで行く県道が2車線で延びている。

・ 津波対策と言う名目だが、北方面に避難経路を確保するつもりだろうか?2車線の幅がある道路を造るらしいが、自動車で避難せよと?だいたい、震災時の自動車利用は御法度なはずなんだが・・・・。それに、北に逃げなくてもすぐ近くの観音山に逃げればいいのではないか?あの周辺は台地上の地形なので、高い場所はそれなりにある。よって、津波対策になりえるとは考えにくい

・ 地図に示したように、建設予定地は、住宅等が立て込んでおり、道も狭い。すなわち、多数の家を立ち退かす必要がある。それには、道路建設も含めて莫大な予算が必要になる。しかし、その効用は、何があるのかよくわからない。津波が来てこの道路のおかげで命拾いしたとなれば別だが、それも事実上考えにくい。そんな道路使わなくたって観音山に逃げればいいのだし。また、立ち退きした家屋はどこかに移転しなければならないが、明らかに田畑を潰すことになるだろう。

・ 道路が通る予定の場所は、大きく生活環境を破壊される。特に、観音山付近は、緑も多く静かで落ち着いた佇まいであるが、2車線の道路がぶち抜くことによって、それはすべて台無しになる。家並みは、ただ広いアスファルトに変わり、緑も失われる。山の北側は、農地が広がっているがこれも潰される。

はっきりと言おう。この計画は、

防災上の意味もほとんど無いばかりか、自然破壊であり、景観破壊であり、生活環境破壊であり、税金の無駄である。さらに、地域性やアイデンティティの喪失である。

景観は変わるものだ、変化を拒むべきでないという意見もある。それは確かにそうである。だが、これはただの破壊に他ならない。街をぶち抜いて不釣合いな道路を造る。それは、怪獣が街を破壊して行くのと本質的に変わらないのではないだろうか?

それにしても、住民は、こういうことに対して何とも思わないのだろうか?
まだまだ、本質的に豊かな社会ではないと思わされるばかりだ。

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写真は、大峰山付近で撮影したもの。実は、香南市夜須町の外部の評価は高く、湘南に引けをとらないほど地理的な条件は良い。ちょっと高いところに上れば、綺麗な海が望めるのが最大の魅力である。 
ユーミンこと松任谷由実さんが訪れ、「海が綺麗で、素晴らしい海鮮料理」と感動したと伝えられているくらいだ。(けんちゃんのどこでもコミュニティより)

《関連リンク》

香南市

香南市防災計画

観音山

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高知東部自動車道は本当に必要か?

久々のブログになってしまった。いきなり大きな話であるとともにやや感情的かと思われる内容も含まれているがご了承いただきたい。

高知東部自動車道とは、高知自動車道高知JCTから高知県東部に向けて安芸まで至る高規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路 B路線)である。
路線は二つに分かれており、高知JCTから高知空港ICまでの15kmが「高知南国道路」、高知空港ICから芸西村の芸西西ICまでの12.5kmが「南国安芸道路」だそうだ。

●高知南国道路概要

●南国安芸道路概要

現在、どちらも着工しているが、供用開始は、平成20年代半ばだということ。また、道路公団改革の一環もあり、有料道路ではなく新直轄方式による建設であり、無料で利用できる。

で、前置きはここまで。言いたいのはここからである。

私の出身は、香南市(旧夜須町)であるが、もちろん道路のルートが通るわけである。この道路、30年ほど前から計画があったらしく、子供の頃から高速が出来るらしいという話は知っていた。けれども、当時は、全く噂レベルというか具体的な情報がなく多分出来ることはないだろうと思っていた。

が、しかし、確か2001年2月ぐらいの新聞だったか、高知東部自動車道が本格着工されるという記事を見たんだが・・・・。噂が現実になってしまったことに心底驚いた。当時から出来るはずがないというよりは、あまり出来て欲しくないという思いがあったからだ。(あちこちで書いたかもしれないが筋金入りのモーダルシフト派であるので)

しばらく何の動きもなかったようだが、2005年に実家の北側500mくらいに突如、土木構造物が出現・・・・。農地を潰しながらインターの一部と思しき構造物が出来ていた。下の写真は、2006年8月に撮影したもの。コンクリの構造物がそれである。
現在のところは、香南市夜須町と芸西村をつなぐトンネルのみ着工され、トンネル自体は貫通している。また、国道からトンネル付近のインターへのアクセス道路が整備されつつある。

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結論から言えば、この道路の必要性は、はなはだ疑問である。むしろ造るべきでないと考えている。

その理由を、挙げてみる。

もはや、自動車をこれ以上便利にする時代は終わった。完全に時代錯誤であることを認識しなければならない。日本は、未だに道路偏重の政策から方向転換できていないが、欧州を中心に先進国の潮流は、脱クルマ社会であることを認識すべきである。あまりにも増えすぎた自動車が、地球規模でも地域レベルでも大きな弊害をもたらしている。自動車を減らさねばならないという視点に立てば、こんなものを今更造る合理的な根拠は一切合財うしなっていしまう。また、高知南国道路の総工費は1300億円・・・・・。今でも道路は過剰なくらいあるのに、こんな大金かけて新たに造る効用って・・・・?土建業ですかね?
後述するが、この区間には鉄道が平行している。低環境負荷、高い安全性、定時性、誰でも利用できる公平性、それでいて高速道路と遜色ない速達性を備えたごめんなはり線を有効活用すべきだ。

もうこれ以上のインフラを地域で抱えるのは過剰である。すでに国道も鉄道路線も通っており、それに加えて高速道路もとなると明らかに過剰供給である。その維持コストは地元に重く圧し掛かってくることは確実だ。さらみ、通行料が無料ゆえ全部税金にツケが回ってくる。

農用地を大規模に潰しているという点。夜須地域のみならず道路を沖積平野に通しており、もとは水田や畑であった。高知県のように雨量も多く、大地は農作物という人間が生きるうえで欠かせない恵みを与えてくれる。それを、安直に道路にしてしまう行為は、凄まじく愚かなことだと思う。高知県は、自然が豊かに関わらず、県別の食糧自給率が半分もなく、農業、漁業までもが情けない状況だ。今、農業が儲からない、人がいないからと言って農地を平気で潰すのは、あまりにも近視眼的な判断だと言わざるを得ない。日本も食糧の多くを輸入に頼っているが、これも中国インドの経済発展に伴う食糧需要の変動や異常気象で早晩行き詰る可能性は高い。そういう意味でも農地を安易に道路や駐車場にすべきではない。
その他、森林も破壊し、大規模な自然破壊であると言える。

なぜ、もっと鉄道(ごめんなはり線)を活用することを考えないのか。せっかく日本最後の公団AB線であるごめんなはり線が、2002年に平行して開通した。
確かに、国道55号は慢性的な渋滞が発生している。特に、夕方、芸西から夜須にかけてなかなか進まないのは日常茶飯事である。だからもう1本道路が欲しいということだが、たかだか渋滞解消のために莫大や年月と費用をかけて道路を作る理由って一体・・・・。
この地域には、鉄道がすでに存在する。それも新しくて高規格な路線が。単線といえども一般道路4車線に匹敵する輸送力を有している。すなわち、国道55号の渋滞など一部がごめんなはり線にシフトすれば容易に解消するわけである。増発や増結、運賃施策、パークアンドライドなどの工夫で確実に渋滞は解消できる。今以上に使いやすい路線にレベルアップすれば、現状の自動車利用も大幅シフトし国道55号の交通量を激減させることも可能である。少しの改良で済むため、整備も道路建設より桁違いに安く、その気になれば短期間で実現可能である。
ただ闇雲に道路は無駄だからやめろとは言わない。地方でも社会資本として道路建設が求めらる場合はある。しかし、公共交通機関と道路、バランスよく整備できればいいんだけど。

生活環境破壊、景観破壊である。すでにインター付近の築堤は完成しているが、あの暴力的で威圧的な構造物は、農村、田園の風景を一気にぶち壊している。開通後の騒音は言うに及ばず、景観破壊もとにかく酷いに尽きる。夜須小学校や八幡様ある西山地区の静かな佇まいをすべて台無しにしている。たかだか景観だと思う無かれ。景観は、そこに住む人々や地域の心そのものである。これからここで育つ子供たちが可哀想だ。それに釣り合うほどの必要性がある道路ではないだけに尚更そう思う。

建設理由に地震対策が入っているが、これもあやしい。新潟中越地震の旧山古志村みたいに孤立することを懸念してのことだが、道路を造る口実にしか思えん。建物倒壊、火災、津波から逃れることが出来れば、まず死にはしない。防災体制の整った日本で、餓死するとは思えない。災害対策は、代替道路より耐震補強や津波対策に力を入れるべきである。

念のため言っておくが、道路財源など制度上のことはちゃんと認識した上でこう言っている。いくら鉄道の有用性が高くてもなかなかコンセンサスが得られないことも分かっている。もはや地方鉄道は半ば忘れられた存在になっており、それを活用できるという視点も薄い。

下の2枚の写真における道路も、インターまでのアクセス道路として拡幅される。風情のある道も、白線が引かれた2車線道路になり、石垣を積んでいた水田との境界もコンクリートで固められる。また、つまらないどこかで見た道路が増えていく・・・・。

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↓こういう風景、もっと大切にして欲しい。しかし、地元の人はなかなか気付かない。でも、本当はすごいこと。

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出来れば、工事は永久に凍結し造うりかけの施設もトンネル以外はすべて撤去して、工事前の状況に戻せと言いたいくらいだが・・・・。トンネルは、キノコ栽培かなんか知らんが有効活用すればよいだろう。

お願いだ。もう日本のよき田舎の風景を荒らすのはやめて欲しい!

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Happy New Year !

あけましておめでとうございます。

みなさま、今年もよろしくお願いします。

さて、初日の出のレポートから。今まで、「寝過ごしたー!」その他諸々の理由で、まともに初日の出を見たことがなかったので今年こそと思い、睡眠も仮眠程度にとどめ、決意を固めて(?)、見に行きました。

場所は、実家のある香南市夜須町、手結山地区の塩谷海岸。近くでは、ここなら綺麗に見えるだろうと思いとりあえず行ってみました。

行ってみたら、すでに多くの人が来ている。地元の小学校で、後輩だった連中も来ていた。

ざっとみて50人くらい集まっているかな?

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↑ 7時12分。まだ、完全に日の出前であたりも暗い。写真中央の漁港は、住吉漁港。向こうの山々は、安芸・室戸方面で写真の右端は室戸岬につながっている。

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↑ 7時22分。空も赤くなってきた。

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↑ 7時28分。

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↑ 7時29分。

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↑ 7時33分。もうすぐ、2007年初の太陽が出てくる!

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↑ 同じく7時33分。ついに、2007年初の朝日が顔を出した。

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↑ 7時34分。

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↑ 7時35分。みるみるうちに全体の姿を現した。

本当に、あっという間に昇る。肉眼ではっきりと動きが分かるほどだ。それほど、日の出の様子をはっきりと観察したことが無かったわけであるが。

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↑ 7時36分。

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↑ 7時38分。もうかなり昇ってきた。

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↑ 7時39分。海面を真っ直ぐ照らす朝陽。すごく、幻想的に・・・・撮れたかな?

7時40分過ぎてしばらくして、集まってきていた人々も車に戻り、退散し始めた。私も、ほどなくして退散。

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↑ 塩谷海岸の南側を望む。磯濱になっていて、小学校の春の遠足でもいろいろと思い出がある場所だ。

すぐに家に帰ろうかと思ったが、せっかくなので岡を越えて西隣の住吉漁港に行ってみる。

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↑ 大漁旗が揚がっていた。

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↑ 同じく。

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↑ 元旦早朝の住吉漁港全景。

みなさまにとっても、幸せな一年でありますように。
ご健勝とご多幸を併せてお祈りしております。

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