朝の手結港(2012年5月17日)

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夜須町羽尾の夜明け(2011年8月13日)

このブログでも何回か取り上げた香南市夜須町の奥地、羽尾地区。

夜明けに行ったのはこれが初めてです。

夏の鄙びた山村の朝はやっぱりすがすがしい!

※さすがに自転車では行っていません。バイクで行きました。自転車はエンジン音がないため、早朝はイノシシなどに突然遭遇する危険が大きいためです。バイクでも不安なため、向こうから避けてもらうよう峠道では適宜クラクションを鳴らしながら走行しました。

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朝の5時前。まだうす暗いです。

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5時ちょうど。ちょっとだけ明るくなってきました。

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羽尾大釜荘。煙突のあるログハウスです。

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5時4分。

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5時8分。

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5時10分。だんだんと夜が明けてきました。

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5時11分。

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5時14分。

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5時19分。朝焼け。

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5時25分。

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5時48分。霧が出ています。

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下に写っているのは地元のおんちゃんです!
決して心霊写真などではありません。

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平野部では、8月ともなるとすでに刈り入れが終わっていますが、標高の高い盆地の羽尾では田植えを遅らせているのでまだ青々としています。

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6時2分。

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6時10分。この日は何組か宿泊客がいたそうです。だが、前夜の宴会でみんな酔いつぶれたためかまだ誰も起きてきていません。地元のおんちゃん曰く「朝起きてこないなんてもったいない!」ほんとそう思います。

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6時12分。

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山里の原風景。

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6時32分。すっかり夜が明けました。

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同じく6時32分。

この後、長谷寺へ行きました。

秋の夜須町羽尾地区

これまでも幾度かに渡って、香南市夜須町羽尾地区について紹介してきました。

夜須町羽尾という桃源郷(その1)
夜須町羽尾という桃源郷(その2)
夜須町羽尾という桃源郷(その3)

夜須町羽尾という桃源郷(その4)

上記の記事は初夏に撮影したものですが、秋もまたすごくえいですので写真を載せていきます。

いずれも2009年10月18日の撮影です。

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(クリックで拡大できます)

まずは、おなじみ羽尾大釜荘から。秋の青空が美しい。

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(クリックで拡大できます)

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(クリックで拡大できます)

稲刈りがちょうど終わった頃でした。

上空から香南市夜須町を見る

上空から撮った香南市夜須町の海岸部の写真です。

2009年7月12日、JALのボーイング737-800より。

飛行機にはほとんど乗ることがない(念のため言っておくが飛行機が嫌いではない)私にとっては、上空から眺めることなどそうそうはないことです(笑)

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(クリックで拡大できます)

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(クリックで拡大できます)

やはりヤ・シィパークの砂が東の防波堤に偏っているのが一目瞭然です。来年度までには砂を元に戻すらしいですが、工事は進んでいるのでしょうか。

夜須町最奥地の仲木屋・沢谷へ(後編)

夜須町最奥地の仲木屋・沢谷へ(前編) からの続きです。

仲木屋のアンテナ鉄塔から大釜荘へ戻り(下りはいいね。あっという間)、昼食後に今度は沢谷へ。ここも当然、未踏の地です。

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大釜荘から程なく進むと、大釜の滝へ下る場所に記念碑が立っています。羽尾は何度も訪れていますが、いまだに滝には行ったことがありません。まともに道がなくて、たどり着くのに相当苦労するようです。それ以前に、蛇にかまれたり蜂にさされたりしたら洒落にならないので、冬場以外はいかないほうがいいです。

この辺りから道はダートになります。しばらく進みコンクリで舗装された下り坂にさしかかります。下りきったところに橋がかかっています。

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橋を渡ると、赤野川にそって安芸市赤野までいけそうですが、どうもそれは無理らしく、途中で道が途切れていると聞いています。とは言っても、オフロードバイクに乗ったライダーが赤野から時々来るということですので、MTBがあれば行けそうではありますが…。今度、挑戦してみようかと思います。

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なんか不気味です。河童でも出てきそうな…。

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沢谷へいく場合は、橋の手前で左へ分岐した道を進みます。ダートの道を進みます。左の階段は何なのでしょう?今後調査してみる必要がありそうです。

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(クリックで拡大できます)

唯一確認できた建物。何かの倉庫に見えますが、後で聞いた話によると神社だそうです。今でも管理されているようです。

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(クリックで拡大できます)

途中、さっき行って来たアンテナ鉄塔が見えました。

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だんだんとすごい勾配になってきました。この先に集落などありそうもないです。心細くなってきました。集落の痕跡らしい痕跡も見つけることなく、今回は撤収。単に往復しただけでした。

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(クリックで拡大できます)

それにしても山深いところです。まさに谷間です。

後に大釜荘で聞いた話によると、沢谷の集落は民家がボツボツと点在していたようです。また、神社がある場所が村の中心地だったとか。まとまってあったわけではないので、見つけることができなかったのも無理はないです。

近いうちにもう一度、調べてみようと思っています。

夜須町最奥地の仲木屋・沢谷へ(前編)

夜須町羽尾という桃源郷(その4)の続きですが、前回までとは方向性を変えます。

仲木屋は、羽尾よりさらに北に行った夜須町の最北端に位置する場所です。かつては集落がありましたが、とうの昔に廃村になっていますので、集落とも地区とも言えまい。場所と呼ぶのがふさわしいでしょう。

沢谷も同じく、羽尾の東側に位置していて、いまは誰も住まぬ地。

まさに、夜須町の秘境。

夜須町在住者でもほとんどの人は踏み入れたことがないと思われます。羽尾ですら行ったことないって人が多いでしょう。

この私だってそうでした。地図でしか確認したことのない、ずっとベールに包まれた場所でした。

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(クリックで拡大できます)

ご覧の通り、羽尾よりさらに奥地です。

いろいろ話を聞いていると、仲木屋はアンテナ鉄塔がある場所らしい。そのアンテナ鉄塔、実は夜須の町からも見ることができます。

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山頂付近に立っているアンテナがそうです。

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上の写真を拡大しました。いかにも遠そうです。

まずは、面白いレポートがありましたので紹介しましょう。

アンテナ鉄塔へ行こう

道が舗装されてない・・・・。野生の鹿がいる・・・・。

確かに、マジで凄まじいところらしい。

でも、雄大な四国山地の大パノラマが眺められるらしい。

「これは、すごい! 是非行かねば!」

と、思って行ってきました。

幸いにも、未舗装路でも走行可能なMTBを高知に持って帰っていたので、これで挑戦に挑みました。

2009年6月7日(日)のレポートです。

県道51号線を羽尾よりさらに奥へ進みます。三叉路があらわれます。

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これを右へ行きます。左へ行くと、旧香我美町舞川地区へ至ります。

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ここから先は「普通林道仲木屋線」に入ります。

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しばらくは舗装路を進みます。

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それにしても、森林の状態が悪いのが気になります。枝打ちも間伐も満足にできていないようです。まさに日本の林業が抱える課題です。

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アンテナ鉄塔が近づいてきましたが、まだまだ遠いです。

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(クリックで拡大できます)

美しい初夏の山々。景色は雄大ですが・・・。

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とうとう舗装路も終わり、ダートに突入。ブロックタイヤを履くMTBの本領発揮です。

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(クリックで拡大できます)

林道から眺める景色も素晴らしい。余談ですが、猪やら鹿やらに遭遇しました。写真に収めようと試みましたが、一目散に逃げられて失敗です…。

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白い何が書いてあるか分からない看板が見えてきました。アンテナ鉄塔へ至る道の入り口です。ここから先はさらに急勾配ですが、あと一息で到着です。

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ところどころに標高を示す標識が立っています。標高765m。ずいぶん高いところへ来ました。そして・・・・、

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着いた!!とうとうアンテナ鉄塔に着きました!!

ずっと、下から眺めるだけだった鉄塔ですが、目の前で見ています!

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自転車であがってきたという一応の証拠です。

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やはりと言うかNTTの鉄塔です。携帯電話の電波塔と思われますが、鉄塔自体は昭和50年代から存在しているらしいので、他の用途でも活用されているかもしれません。

そして目玉は、なんといってもそこから展望できる絶景です。

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(クリックで拡大できます)

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(クリックで拡大できます)

四国山地の山々が大パノラマで一望できます!苦労して来た甲斐がありました。

ということで、休憩後ののち、仲木屋へ来たもう一つの目的、仲木屋集落の跡を探そうとしましたが・・・。

まるで痕跡など見当たらず・・・・。

あったのはこの石碑のみ。

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この下100mに羽尾小学校仲木屋分校があったらしい。しかし、そこへ行く道すら見当もつかない…。それにしても、こんな山頂に近く平地もまともに存在しない場所に集落が存在したこと自体が驚きです。

羽尾小学校仲木屋分校(夜須町)
仲木屋分校へ (自由は土佐の加茂より)

このページによると、崩れかけの石垣くらいしか残っていないらしいです。何しろ、昭和37年(1962年)3月に最後の住民が出て行きそれ以来無人となっているとか。(『夜須町史 下巻』の巻末年表による) 廃村から実に半世紀、完全な自然に還りつつあるようです。

もはや探索は不可能。あきらめ羽尾大釜荘まで戻り、次は沢谷地区へ。

夜須町最奥地の仲木屋・沢谷へ(後編)

夜須町羽尾という桃源郷(その4)

夜須町羽尾という桃源郷(その3)からの続き。

羽尾の紹介いったいいつまで続くのやら…。と書いている本人すら分からなくなってきました(笑) まあ、それはどうでもよいことだ。

羽尾という地区がどういうところかもう少し踏み込んで説明ます。

2006年に広域合併で香南市が誕生するまでは、夜須町に属する集落でしたが、昭和30年(1955年)までは香美郡東川村に属していました。

東川村の村域は、旧香我美町北部、旧夜須町北部、安芸郡芸西村北部にまたがっており、役場は旧香我美町の末清地区(千舞温泉があったところ)にありました。

東川村の集落は、以下のように分割合併しました。

福万・山川・末延・末清・正延・別役・撫川 → 旧香我美町
細川・羽尾・沢谷・仲木屋 → 旧夜須町
久重山・道家・国光 → 安芸郡芸西村

ご覧の通り、分割して合併がされるほど地形が複雑で、同じ東川村でも水系が大きく異なっていました。羽尾と役場のある末清地区との間も山を越える必要があり、それも移動手段は徒歩に限られていたようです。

むしろ、細川、羽尾、沢谷、仲木屋の4集落は、夜須町と県道で結ばれ、様々な面で交流があったことが夜須町への編入合併につながりました。特に細川集落は、夜須川の水系に属し、むしろ夜須町に属さなかったことが不思議だったそうです。

合併直前の昭和29年の東川村の人口は2154人でした。(『夜須町史 下巻』202ページによる)

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羽尾地区の地図です。これまで険しい山道を走ってきたのがウソかのように平地が広がっています。

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昭和50年に撮影された羽尾地区の航空写真です。まだ、小学校が廃校になる直前で、今よりもはるかに多く人が住んでいたのでしょう。見たところ耕作放棄地もないようですし。

現在は20人以下ですが、合併直後の旧東川村部分の人口は530人なので、半分は細川地区が占めると考えても300人弱の人々が羽尾で生活を営んでいたものと考えられます。。(『夜須町史 下巻』204ページによる)

さて、羽尾には、「長谷寺」というお寺があります。羽尾大釜荘から車で10分ほどです。地図の左上にあるお寺です。

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パンフレット『長谷寺周辺 歴史の道地図』によると、長谷寺建立の歴史は大変古く神亀四年(727年)聖武天皇勅願による行基菩薩が建立したと伝えられているようです。

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同じくパンフレットにこう書かれています。

「かつては長谷寺門前は、夜須、芸西、大栃、香我美、安芸畑山へと通ずる往還道の交叉点であり、人や牛馬、荷物の往来がにぎやかで雑貨屋から茶店まであったそうです。縁日には何千人もの善男善女が境内にあふれ数十軒のの出店や臨時の駐在所まで立ったそうです。」

今となってはまったくもって信じられません。そのような交通ルートが存在したことにです。これだけ、山村集落同士での交流があったということでしょう。

それにしても不思議なものです。今となっては、羽尾と旧東川村の中心ちである末清地区とは、隔絶された別の地域です。まっすぐ結ぶ道路など存在しません。車で行こうと思えばとんでもなく遠回りを強いられます。しかし、徒歩での山越えだとほんのすぐ隣の村です。車が世の中を便利にしたばかりではないようです。

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羽尾地区にある案内板です。車道だとくねくねした道をいく必要がありますが、遊歩道だとお寺まで一直線です。まだ、歩いたことはないですが。

さて、お寺のすぐ近くに展望台があり、そこからの眺めが素晴らしいです。

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(クリックで拡大できます)

峠道からよりもさらに高い場所から夜須の町と太平洋を一望できます!

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(クリックで拡大できます)

西方面に視点を移すと、桂浜や横浪半島、そして天気がよければ足摺岬まで見えるかもしれません。

最高の絶景です。手作りのテーブルと椅子もあるので、お弁当でも食べながらどうぞ。コンビニ弁当だろうがカップラーメンだろうが缶コーヒーだろうが、美味く味わえるでしょう。

また、訪れてみたい思っています。

次は夜須町最奥地の仲木屋・沢谷を紹介します。

夜須町最奥地の仲木屋・沢谷へ(前編)

夜須町羽尾という桃源郷(その3)

夜須町羽尾という桃源郷(その2)からの続きです。

さて、羽尾地区の顔とでも言うべき「羽尾大釜荘」です。

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(クリックで拡大できます)

本格的なログハウス。なかなか立派な造りです。

基本的には、素泊まりの宿泊施設ですが、気軽にコーヒーを飲みに立ち寄れる喫茶店でもあります。

同じ場所に、かつては小学校が建っていました。

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かつての羽尾小学校の校舎です。(『夜須町史 上巻』より転載)

過疎化も進行し児童数も激減、昭和52年(1977年)3月に廃校しました。校舎はずっと放置されていましたが取り壊されて、平成7年(1995年)に大釜荘がオープンしました。

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校庭だった場所に石碑が立っています。小学校が存在していたことを風化させないために作ったのでしょうか。

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(クリックで拡大できます)

喫茶室の様子です。さすがログハウスだけあって、その素材を十二分に生かした温かみのある空間に仕上がっています。

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(クリックで拡大できます)

窓からは、羽尾の野と山が鑑賞できます。何の変哲もない山里の風景ですが、それが最高にいいのです。

なんたって、ここには人工的な雑音が一切ありません。虫の声、風の音・・・。それだけです。前をクルマが走る時以外は、本当に静かで心が休まります。

こんな環境で飲むコーヒーの味は格別です。チェーンの喫茶店では、どうあがいたってこんな味わい方はできないでしょう(笑)

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冬場になると、「薪ストーブ」の火が灯ります。基本的にはこれ以外に暖房はありませんが、これだけでも十分暖かいです。原油やウランに依存しないクリーンなエネルギーです。というか、バイオマス燃料そのもの。こんな時代だからこそもっと見直されてもいいでしょう。

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『ちょっこりセット』は、コーヒーまたは紅茶と手作りケーキがついて500円です。

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『山菜うどん』。軽食ですが唯一お食事ができるメニューです。

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(クリックで拡大できます)

喫茶室のテーブルに張ってあった新聞の切り抜きです。この記事にズバリ羽尾の魅力が書かれています。

まさに、「この世の喧騒から逃避しゆったりした時間をすごせる桃源郷」なんですよ。

さらに、この羽尾そして羽尾大釜荘の魅力を高めているのは、県外からIターンして羽尾に移住した半杭さんの持ち前の明るさも手伝っています。

羽尾そのものが、癒される場所なんでしょう。

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(クリックで拡大できます)

大釜荘の裏を流れる小川です。水もきれいで生態系も豊富だと思われます。6月ごろには蛍の乱舞が見られます。

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大釜荘の前からは、香南市営バスも発着しています。夜須駅まで400円です。

ここまでたどり着くには、狭くて険しい峠道がありますが、必ず行った甲斐はある素敵なところです。

みなさまも是非お越しくださいね。

夜須町羽尾という桃源郷(その4)に続きます。

「羽尾大釜荘」

住所*香南市夜須町羽尾523
電話*(0887)54-0345  
●ログハウス(宿泊料)
 3人以内7350円(日。祝日とその前日)
  〃   5250円(平日)
 4人以上は1人増すごとに1050円加算
 3歳以下は無料
●喫茶室
 営業時間*午前10時~午後5時まで
 木曜日定休日((電話して確認してから行くのがいいかも)
●パンフレット
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(上:オモテ 下:ウラ いずれもクリックで拡大できます)

☆★ 参考サイト・ブログ ★☆

羽尾地区婦人会と大釜荘 (平成17年度 地域支援企画員活動報告35)
羽尾の長谷寺を訪ねて (局長のブログ)
羽尾大釜荘は別天地 (局長のブログ)
癒しの羽尾大釜荘 (局長のブログ)
はるばるお出掛けスィーツ、そして青い海 (高知のモノ・コト・ヒトカタログ)
羽尾で鉄腕ダッシュ!! (南国・香美旅の福袋楽会)
第14弾 ...大釜荘を訪ねる
心休まる休憩所 「羽尾大釜荘」 (カツオ日記)
今日の夕焼け (道の駅やす/ヤ・シィパーク)
大釜の滝 (道の駅やす/ヤ・シィパーク)
夜須町あれこれ (noblog)
キャンピオン こうち in 四国 - 羽尾大釜荘(高知県香南市)の施設紹介

夜須町羽尾という桃源郷(その2)

夜須町羽尾という桃源郷(その1)の続きです。

前述の狭くて長いくねくねした峠道を走っていると「もうすぐ海が見えるよ」って書いてある手作りの看板があらわれます。そこからしばらくすると・・・・。

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そうです! 谷間から海が太平洋が顔をのぞかせます。「こんなところまで上ってきたのだなぁ」って思える瞬間です。でも、本当にこの先に集落があるとは到底思えませんが。

また、しばらく走ると・・・・。

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眼下に夜須平野と太平洋が広がります。2009年6月6日撮影。

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翌日に撮った写真です。そこから、ちょっと走ると峠に至ります。

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峠の三叉路。右へ行くと羽尾へ至ります。

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手作り感溢れる看板はやっぱりホッとしますね。「よう来たね」って声をかけてもらえると、ここまで来た甲斐があったと思えます。

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峠を過ぎて少しすると下り坂になって、羽尾の集落に到着です。さっきまで走ってきた険しい峠道がウソのように開けたところに出ます。標高は350mほどの盆地の山村集落です。

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初夏の羽尾集落。山の緑と青々した空が美しい。写真はいずれも2009年6月に撮ったものです。

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田植えしたばかりでした。海岸部では3月下旬ごろには田植えするので、実に3ヶ月以上も遅いです。それだけ気候も違うのでしょうか。

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本当に静かで、空気もきれい、川もきれい、水路も自然石のままで、羽尾をとりまく全体が美しいです。心を癒してくれます。

残念ながら、私のヘタクソな写真ではその魅力を十分伝えることはできませんが(笑)

いや、羽尾の魅力はこれだけではありません。羽尾地区の看板とも言える「羽尾大釜荘」にこそ、その魅力があると言っても過言ではありません。

続編の夜須町羽尾という桃源郷(その3)で詳しく解説していきます。

夜須町羽尾という桃源郷(その1)

これまでも高知県香南市夜須町について、「高知の湘南 夜須町」シリーズや「手結の価値・魅力」で、写真盛りだくさんで発信してきました。

香南市夜須町は海だけではありません。山だって魅力的です。

今回は、夜須町最北部の標高350mほどの盆地の集落、羽尾(はお)地区について紹介していきます。

羽尾に行ったことがない方にとっては、いったいどこにあるのやらどうやって行ったらよいのやらさっぱりでしょうから、そこから詳しく説明していきましょう。

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地図の、Aの印がある場所です。夜須の交差点(ヤシィパークのある交差点)から県道51号線を15kmほど北上したら到着します。車利用でだいたい35分くらいはかかります。

地図からも分かるように、羽尾地区は旧夜須町ながら夜須川の水系ではありません。羽尾を流れる川は、赤野川の上流域に位置し安芸市赤野で太平洋に注ぎます。

まず今回は、羽尾にたどり着くまでの様子を紹介していきます。

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夜須交差点を北上し4kmほどまでは、夜須川の両側に田園が広がる平野を走ります。道路も2車線で快走できます。

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三叉路を右折すると羽尾へ行けます。右折してしばらくは2車線が続きますが…。

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すぐに、1車線の狭い道になります。ここから羽尾まではこのような調子が続きます。レアなビックリマークの「その他の注意」の標識が…。

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石で段々をつくって田圃を造成しています。土地が限られた山村ではよく見られる風景ですが、改めてその見事さには圧倒されます。

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国光(くにみつ)集落を抜けます。夜須川の最上流域に開ける集落です。

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かつては国光にも小学校の分校がありました。子供たちの賑やかな声が聞こえた時代もすでに大昔のことになってしまいました。かつては、賑やかだったのでしょう。そんなこと言わなくてもいいような山村をむしろ知りたいくらいです。

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道は相変わらず狭く、行き違いには苦労します。初心者はやめたほうがいかもです。

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段々畑の一角に常夜灯が残っています。かつては、この狭い道がメインルートだったのかもしれません。

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国光集落もそろそろ終わりに近づいてきました。

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このあたりから、夜須川沿いから離れ本格的な峠道に入ります。カーブと勾配がきつくなります。この辺が標高100mくらいですので、標高400mほどの峠までずっと上り道です。

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この建物をもって、羽尾まで建物はありません。

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山も深くなり道もいっそう狭く暗くなります。こんなんで本当にこの先に集落があるのかと不安にもなるかと思います。実際に、不安になって引き返してしまう方もいるとか…。

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ところどころに看板があって、羽尾まであと○kmと出ます。右のは羽尾大釜荘のですが、このような手作り感あふれる看板があると、なんかホッとしますよね。温かみがあってとても好印象。不安も吹き飛びます。

長くなったので、続きは夜須町羽尾という桃源郷(その2)で。

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