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手結の価値・魅力(1)

これまでも当ブログにて、「高知の湘南 夜須町」シリーズなどで、夜須町手結について取り上げてきました。

大特集! 「高知の湘南 夜須町」
12月7日の手結港
「高知の湘南 夜須町」 <第二弾>
「高知の湘南 夜須町」 <第三弾>
「高知の湘南 夜須町」 <第七弾>

今回は、いままで撮りためてきた写真の整理も兼ねて、夜須町手結地区の特色や魅力を紹介していきます。

手結地区は、夜須町でもごく一部分ですが、昔より夜須より手結の方がはるかに有名でした。私が、土佐塾中学校に入学したとき、びっくりしたのは高知市内の多くの同級生は、「夜須町ってどこ?」っていう反応。これには正直参った覚えがあります。しかし、後々分かってきたことは、「手結」ならみんな知っているということです。

どうやら町外の者にとって「夜須=手結」だったのでしょう。「手結海水浴場」と「手結山の餅」、「手結の盆踊り」と、すべて手結が前面に押し出されていました。かつての土佐電鉄安芸線も、手結駅は駅員さんのいる立派な駅でしたが、夜須駅は1面ホームの無人停留場でしたし。夜須と冠するものがほとんどなかったように思います。

手結の歴史は古代にさかのぼるとか。

 土佐ローカリズムちや 手結の古代

何しろ、中世時代より手結湊としてして知られていたそうです。高知県東部の海岸地形は、基本的に砂浜か岩礁で、船を安全に繋留できる天然の良港は、手結と甲浦しかありませんでした。江戸時代初期には、野中兼山が指揮して立派な港湾に整えられますが、それも土佐と大坂・神戸を結ぶ航路上で避難港としての重要な役割があったからこそでしょう。

また、手結という地名は不思議な響きがします。夜須もそうです。手結という地名のルーツは、地形が手を結んでいるように見えるからとか、労働交換の「結い(ゆい)」からきているとか、諸説があります。。

ナカちゃんは、「手結はおそらく万葉集の手結(たゆい)が浦からきちゅうとは思います」と書かれていますが、どうもアイヌ語に通じる語感があるとか。調べてみたらこんなのが出来てきました。

土佐の地名 寺田寅彦

手結《テイ》 「タイ」森[#「森」に傍点]。これではないらしい。あるいは「ツイ」切れる[#「切れる」に傍点]か。ビルマでは「テー」砂[#「砂」に傍点]。出雲の手結[#「手結」に傍点](タユイ)とは必ずしも同じではないかもしれぬ。

うーん…。正直なところ、よくは分かりませんが、他のアイヌ語らしい地名を見ると、海岸地域がかなり多いことが分かります。夜須もその一つですし。北海道でも、アイヌ人はもともと漁業民族で海岸に集落を形成していたことからも、アイヌとの関連性がありそうです。

手結の写真を紹介していきます。画像は、基本的に横700ピクセルで統一しており、クリックで拡大可能です。

Img_5966

毎度お馴染み、歴史的港湾「手結内港」の写真です。藩政初期に、造成された日本最古の掘り込み港。現在も基本的な港湾の構造は、当初と変わっていません。この今も立派に現役で使われている、江戸時代の社会資本です。

Img_4445

同じく。

Kinenhi

野中兼山の公徳碑です。竣工年は諸説あって、1653年とも1657年とも言われていますが、いずれにせよ350年以上の歴史を持つ、貴重な土木遺産です。

Fromchikamichi

海風荘へ行く、山道の中腹から見た手結内港と手結の街並みです。

Photo

昭和50年(1975年)当時の手結地区を写した航空写真です。まだ、新外港はありません。上空から見ると、集落の入り口の両側に山がせり出していて、手を結んでいるように見えます。上から見ても美しい集落です。内港の周辺に張り付くように、集落が発達しています。

Img_4159

雪化粧した手結内港。2008年2月13日撮影。雪など滅多に積もらない高知の海岸部ではこういうことは大変珍しいです、1年に1回あるかないかというチャンスです。ただ撮影したのが午前9時頃でして、2時間くらい前はもっと雪化粧していたそうですが…。

Img_3509

国道55号の手結山トンネル脇より見た、手結の集落。手前の築堤は、かつての土佐電鉄安芸線の廃線跡で、現在は自転車道になっています。奥の立ち上がった構造物は、手結港可動橋。2002年9月、手結内港入り口に架橋されました。国道から、立ち上がった姿を見ると、誰もが「なんじゃ、ありゃー?」と不思議に思うとか。まあ、そりゃびっくりするでしょうね。

Bridgeopen

その可動橋の上がっている姿です。昼間は、1時間おきに上下を繰り返します。夜は、上がったままです。

Bridgeclose

降りているときです。

Img_4440

手結内港と漁船と可動橋。可動橋は港の風景に溶け込んでいるのか、ミスマッチなのか?果たして??

Img_5977

当時の、優れた土木技術を今に伝える石積み護岸。情緒たっぷりです。

Img_5979

接岸部は、漁業関連の資材置き場と化しています。汚らしいという人もいますが、これはこれで漁村らしくていいでしょう。

Img_5478

手結内港を取り巻く道路は、タイルで舗装されています。個人的には、いかにもという感じがするので、茶色のアスファルト舗装あたりが自然でいいと思うのですが…。

Img_4104

可動橋脇の展望台(可動橋操作室を兼ねている)より。手結内港が見渡せます。

今回は、主に手結内港の風景を取り上げましたが、次回は外港と市場の様子を取り上げます。その(2)へ続きます。

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コメント

手結にしろ夜須にしろ地元の人たちの多くが、地域の宝物を粗末にしています。じつにもったいない。

 手結の盆踊りは400年近い伝統があります。手結港があの場所にある理由は皆知りません。

 ヨットで冬にセーリングしていますと良く理解できます。それはナカちゃんの言うように、避難港としての役目は大きい。

 風も波も打ち込まない良港なのです。

 地元の人はもっとその歴史を誇りに思わないともったいないと思う。

■けんちゃん

そうです。それが残念ですね。
目の前に貴重な港がありながら住民はほとんど関心を示していません。
「MAZE 南風」のロケ地になって地域住民も撮影に協力していました。でも、今何もなかったような雰囲気になってしまい残念でなりません。

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