« 「ムーンライトながら」の廃止があまり望ましくないと考える理由 | トップページ | 「高知の湘南 夜須町」 <第七弾> »

「高知の湘南 夜須町」 <第六弾>

今回は、手結山住吉地区について取り上げます。住吉地区は夜須町では東端に位置し、夜須や手結の街とは手結岬で隔てられています。そのため、半ば孤立したような形の集落ですが、こちらも手結地区にも全く劣らないロケーションです。

※画像はすべてクリックで拡大可能です。

Img_3886

毎度お馴染み、大峰山の林道より撮影したものですが、手結山地区は地名のとおり山で全体的に丘陵地帯で、住吉地区は狭い海岸部の平地に集落を形成しています。右端の建物は旧手結山観光ホテルの残骸(東半分は撤去していない)と、その後継のリゾートホテル海辺の果樹園です。

Img_4217

住吉の集落を少し高い場所より俯瞰したものです。こじんまりとした漁村集落です。

Img_4293

集落のすぐ南側は漁港です。もともとは入り江の砂浜でした。手結地区はもともと湾入地形で、古くから港として使われていたのとは対照的です。かつては漁船を砂浜に引き揚げて繋留していました。

Img_4225

昼下がりの住吉漁港。時間がゆっくりと過ぎていきます。

Img_4228

繋留されている漁船は小型船が中心ですが、こちらの方が手結地区よりも現役の漁師が多いです。少し奥の丘陵地帯には住宅が立ち並んでいますが、見晴らしはどうでしょうか。

Img_3780

漁船が港に帰ってきました。漁港を出入りする漁船はなかなかシブイですね。

Img_4644

住吉地区の街並みです。古民家もそれなりに残っており落ち着いた佇まいです。左の民家は、築80年の酒屋を改装した喫茶店「rue cafe」です。

Img_4316

前出の写真の反対側です。視界の先にはホテルが見えますが、旧観光ホテルの残骸はすでに廃墟同然…。

Img_4348

住吉の集落より見た海の風景です。ここから見る海もすごくキレイですよ!

Img_3787

黄昏時の住吉漁港。郷愁を誘う光景(?)ですね。

Img_3783

同じく黄昏時。住吉漁港より少し西側ですが、こちらは磯浜海岸が残っています。住吉海岸はかつては景勝地として有名でした。夏になると安芸線の電車で多くの人がやってきていたとか。

Img_4234

住吉神社前にある「震洋隊慰霊碑」。戦争は終わったはずの、1945年8月16日に悲劇が起きました。詳しくはこちらのサイトをご参照ください。

 震洋特別攻撃隊/手結基地

住吉海岸についての、当ブログでの過去記事はこちら。

 お盆休みの住吉海岸(8月12日)

手結山地区の丘陵地帯は、以前に湘南では葉山だ逗子だと言いましたが、まさに住吉の集落は逗子のミニ版と思えてきました。逗子も山に囲まれていて平地は弓状の海岸線に沿ってわずかしかありません。JR横須賀線と海岸部の間の狭い場所に街を形成していますが、住吉もそれに近いです。人口が全然違いますが…。しかも住吉もかつては電車の線路と海岸線に集落が挟まれた形になっていました。駅も土佐住吉駅がありましたし。現在のごめん・なはり線はトンネルで短絡していますので、住吉からは全くその気配がないです。

夜須の海についての記事は、もう一記事アップする予定でいます。その後は、いよいよ内陸部について紹介していきます。

« 「ムーンライトながら」の廃止があまり望ましくないと考える理由 | トップページ | 「高知の湘南 夜須町」 <第七弾> »

高知県香南市夜須町」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/103591/23599846

この記事へのトラックバック一覧です: 「高知の湘南 夜須町」 <第六弾>:

« 「ムーンライトながら」の廃止があまり望ましくないと考える理由 | トップページ | 「高知の湘南 夜須町」 <第七弾> »

2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログランキング

プロフィール

最近のトラックバック

土佐人のブログ

無料ブログはココログ