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高知から持続可能な交通を実現する(69) 「マイカーの維持コストは年間50万円以上」

 某BBSの投稿でも指摘もされたことだが「マイカーよりも不便な公共交通にどうやって転移させるのか。大幅なメリットをどう提示できるのか。」という課題。ご指摘の通り避けて通れない問題である。

 前回のエントリ高知から持続可能な交通を実現する(68)で、高知市都市圏では公共交通機関のグレードアップと自転車の活用、カーシェアリングの併用によりマイカーを持たなくても十分快適に生活できる可能性を示唆した。提示すべき大幅なメリットは、やはり莫大な維持コストのかかるマイカー保有を無理にしなくてもよくなる可能性があるということではないかと考えられる。

 マイカー保有はとにかくカネがかかるのが現実だ。内訳を細かく考えてみる。

■所有にかかる費用
・車両購入費(自動車取得税、消費税、ローンの場合利子も必要)
・保険(自賠責+任意)
・車検代(重量税込み)
・自動車税または軽自動車税(地方税)
・免許更新費用
・JAF年会費

■使用によりかかる費用
・燃料代(ガソリン税+地方道路税、または軽油引取税) 遂にリッター180円台
・メンテナンス代(タイヤ交換、オイル交換など)

■その他(利用環境によって大きく異なる部分)
・反則金(捕まるやつが間抜けだが)
・駐車場代(月極、一時利用)
・高速代、有料道路代
・ワックスなど洗車関連
・後付けオプション費
・代行費

 このように色々とかかってくるわけだが、最低限でもどのくらいかかるのか。まず、新車で普通車を買ったとして150万円、10年使用とする。車検は2年で10万円、保険は自賠責、任意含めて年間10万円、自動車税は年間4万円、走行距離は年間1万5000kmとして1km=12円の燃料代とすると年間で18万円。合計では、年間52万円。オイル交換代や高速代、駐車場代などを含まない最低限の費用ですでに50万円を超えているのが現実である。もし、1mたりとも乗らなかったとしても保有するだけで34万円かかる。

 また、軽自動車であっても決して安上がりではない。軽自動車の年間コスト計算内訳というページがあるが、その内訳を以下に転載する。

<軽自動車の年間コスト>
 総額約60万円(563,870円)

■購入費用 年間当たりの負担額 約18万円 (177,670円)
 
●自動車購入価格  1,109,850円(付属品・消費税込み)
●登録諸費用     133,842円(リサイクル関連費用込み)

※7年で乗り換え、下取り価格ゼロとして計算。
 (1,109,850円+133,842円)÷7年間

■維持費用 年間当たり約39万円 (386,200円)

●1年間当りの走行距離 5,000km
●ガソリン代    5,000km÷15km/ℓ×燃費単価@135円/ℓ=45,000円 
●月極駐車場代   10,000円/月×12ヶ月=120,000円
●任意保険料    32,000円
●自賠責保険料   35,340円/3年=12,000円
●自動車税     7,200円
●車検整備代    100,000円/2年=50,000円
●タイヤ代     6,000円/本×4本÷4年=6,000円
●オイル交換    2,000円
●外出先駐車場代  500円/1回×月5回×12ヶ月=30,000円
●有料道路通行料  3,000円/月×12ヶ月=36,000円
●洗車代      1,000円/月×12ヶ月=12,000円
●JAF年会費     4,000円
●その他修理・整備代30,000円

 この場合は、色んなものを含めているのでここまではかからないだろうが、年間45万円程度は最低でもかかると考えてよさそうだ。確かに、税金や保険、燃料費、車検代は普通車よりも安くつくが、フィットやパッソ、コルトあたりのコンパクトカークラスと比較するとそれほど大差ないと思われる。決して、軽であってもそれほど安上がりではない。

 マイカーを保有するということは概ね年間50~80万円程度はかかると考えた方がいいようである。確かに自動車は、ドアツードアでいつでも好きな時に走らせられるし、雨風凌げるし自分の体力を使う必要もない。しかし、それはこの莫大なコストの上で成り立ってるのである。それに見合う使い方を多くの人はしているのだろうか?とも一方で思う。通勤や、買い物などにちょこちょま使うだけでは極めてコストパフォーマンスが悪いだろう。自動車の真価が発揮されるのは、むしろ物の運搬ではないだろうか。その場合はリヤカーや馬車で運ぶのに比べて、確実に時間短縮になり積載能力も上なので仕事の能率を上げられるからである。貨物車や作業車(クレーン車やシロアリ退治車など設備を必要な場所まで運んで来る車)、緊急車両こそが適切な自動車利用ではないか。

 一方で、自転車(クロスバイクやハードテイルMTBを想定)はある程度いいものを買っても10~15万円(いつも乗るならそれくらいは出して快適で幸せに感じられるものに乗った方がいい。それ以上は趣味の領域で実用上はそこまで必要でない。)。そのくらいの自転車であれば、かなりの部分でマイカーの代替になる。もともと価格も自動車の10分の1以下で、燃料代もかからないし、税金を徴収されるわけではない。保険代も安い。この時点ですばらしく経済的である。丁寧に乗れば、トラブルはほとんどないし、修理や部品交換も極めて安い。自転車の販売価格こそ幅はあるが、その後のメンテナンスについては、費用は基本的に同じか、むしろ品質が高い方が故障が少ないため安くつく場合が多い。オーバーホールは3万円台で可能であるが、考えようによっては激安だ。自動車は、10万円台の車検でもごく一部しかメンテナンスできない(本気でエンジンまで整備すれば100万円はくだらないとある整備工から聞いた)が、自転車は3万円ですべてがリフレッシュ可能である。それも競技前提でなければ5年に1回くらいで十分で、大切に乗れば30年は使える。やはり極めて経済的な乗り物である。年間に保険代が5000円、修理代が5000円とすれば、本体費用も含めて年間2万円程度。それでいて、そこそこ遠くへも楽に行けるし、キャリアを適宜装備すればある程度の荷物を運ぶことも可能である。究極のコストパフォーマンスを誇ると言ってもいい。

 それにしても、某BBSの投稿者が指摘するように、公共交通利用はそんなに不便なものだろうか?列車の場合は時間が正確なので予定が立てやすいし、乗ってしまえば自分が運転する必要なく正確に運んでくれるのも大きなメリットである。そのため、本を読むなどして移動時間を有効に使える。眠ければ寝ればいい。そして、マイカーに比べはるかに安全性は高い。マイカーを自分で運転するには責任が生じるがそれもないので煩わしいことが減る。多くの人が積極利用すれば一人当たりのコストは極めて安くなることも重要な点だ。利用者として賢く使うコツを掴んだら結構快適に利用できるものであると思う。現実にクルマ社会のアメリカでも便利で快適な公共交通を用意すれば利用されている事実は大きい。

 ガソリン価格も大幅に上がり、食品や日用品も高騰する中で、自動車の諸費用は固定費となって生活を圧迫する要因になっている。自動車税や保険代など支払いの時に「また支払いか…、カネないのに…。」と、よほどの金持ちでない限りそう感じるだろう。クルマ好きの方でさえかなり負担に感じるに違いない。このように、維持費に汲々としているのが現実だ。

 他にも、上下水道代、電気代、ガス代、電話代や固定資産税または家賃という固定費を払っているわけで、それらの支払いが常について回るわけである。固定費に追われる人が多い社会は、いくらGDPが高かろうが豊かな社会とは言えない。

Img_5262
(原油価格の高騰のあおりを受けて…)

 そう考えると、一家に2台も3台もあるのは、むしろ貧しい生活ではないか。もし自動車を保有しなければ、もっと別の文化的なことにカネを回せるからだ。インテリアを質の高いもににする(私はインテリアデザインに興味があるので、よくインテリアショップを見てまわる)とか、芸術や映画を楽しむとか、旅行に行くとかもっと自由に使えるようになる。現にマイカーで行くのは、結局ディスカウントショップやファストフード店ばかりという人も多いのが現実だ。日本は全体的に住環境がまだまだ良いとはいえない。自動車に吸い取られている富をその向上に回すことは重要課題ではないだろうかと思う。

 公共交通利用の大幅なメリットは、マイカーを無理に持たなくても快適に安価に移動できる社会を実現できることが最も大きいが、これはマイカーを持たないことが前提である。マイカーをすでに持っている前提なら、いくらガソリン代が上がったといっても移動費用自体はマイカーの方が安い(有料駐車場を利用するなら有利になる場合もある)ので経済的には不利になってしまう。大いにメリットがあるのは事故ったり捕まった時のリスクが甚大な飲酒時くらいである。 

 現状の公共交通の水準では、自動車を手放すには不安が大きい。大変勇気がいる。「それで本当に大丈夫なのだろうか?」と心配なので、維持費が高くても保有し続けざるを得ない。公共交通の利便性向上には、自動車の保有を積極的に手放せる環境も同時につくっていかなければいけない。

 現状のインフラ水準や人員であってもソフト面を工夫すれば、かなり利便性を改善できるのでそれを期待したいところであるし、「マイカーの維持費が高すぎるので公共交通の利便性を向上させてほしい。」という要望が市民側からももっと出るようになれば御の字なんだが…。とりあえずは高知から持続可能な交通を実現する(60)で書いた『高知県公共交通総合ガイドブック』の作成配布は大きなきっかけになるし、経済的なメリットを伝えるのが最も有効だと考えている。「公共交通と自転車を上手く活用すれば、高知でも自動車に乗る必要はほとんどありません。必要な時はカーシェアリングを適宜ご利用ください。」と、堂々と宣伝できるレベルに到達すべきだ。

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(68) 「車に乗らなくても快適に暮らせる社会へ」

 土佐ローカリズムちや 桂浜方面への巡航船

のエントリに、このように書かれている。

車ばかり優先する日本が、高知がいかに異常であるかわかりますね。
(首都圏はほとんどもう脱自動車になりつつありますね)

田舎やき車がないと何もできん、と高知の人はよく言いますが
むしろ何もできんように仕向けたのは行政やと思います。

公共交通を整備すれば高知でも車を乗らんでも充分生活できます。

そういう常識から変えていかんといかんですね。

 「高知は田舎やき車がなかったら生活できん。」という話をよく聞く。その理由はたいてい「都会と比べて公共交通が発達していない。」というものである。一見、すごくもっともに聞こえるこセリフだ。確かにそうだと納得してしまう。

 でも、本当にそうだろうか?自動車を保有していないとそんなに制約されたライフスタイルを余儀なくされるものなのか?私は非常に疑問に感じるのである。

 結論から言うとそんなことは全然ない。確かに、馬路村や東洋町などでは必需品であろうが、高知市内および周辺部においては自動車に乗らなくても十分快適な生活は実現可能であると思う。仕事で頻繁に運搬の必要がある方(貨物車を使用している方)以外は自動車は無理に保有する必要は基本的にないと思う。ただ、ある程度公共交通利用のソフト部分が改善される必要はあるが。

 現在の公共交通のインフラ水準は決して高いと言えないが、それなりに充実してはいる。鉄道も路面電車(地方都市には珍しいくらいの高頻度運行)もあるし、バス路線もそこそこは充実している。それでも十分に活用できていないことは、ダイヤや運賃システムが相互に連携できていないことと、利用者への情報提供の不備による分かりにくさ(特に高知市内のバス路線!)が挙げられる。公共交通の利用情報が市民の間で十分に共有できていないため、自動車を使わざるを得ない。これはナカちゃんのご指摘の通り、行政の怠慢でもあろう。そう仕向けられていると考えるのは考えすぎかもしれないが。でも、その辺の課題をクリアできれば、大きな設備投資をする前でもかなり利便性は向上するものと考えられる。

 自転車本来の機動力と快適性が十分認識されれば、自動車利用の多くは代替可能だ。不幸にも性能と快適性を無視した激安ママチャリの台頭と、ポジショニングとメンテナンス状態の悪さによってつらくてしんどい乗り物と認識されてしまっているが、本来は、多くの方が思っているより遠くへいけるしスピードも出る。10kmくらいなら苦痛どころかむしろ快適だし楽しく移動できる。いい運動になり快感ですらある。ご近所の商店街までの乗り物にとどまらないスペックを持つのが本来の自転車の姿だ。荷物が多く積めないではないかという声もあると思うが、ママチャリの積載能力をなめてはいけない。後かごも設置すればスーパーでの買い物くらいは全く問題なくこなせる。運搬中の保冷についてはクーラーボックスで対応可能。そもそも、いくら郊外化が進んだと言っても、多くの場合は従来の市街地に近接して店舗等が立地している。(例:後免町旧市街とR55沿いの商業施設の間は十分に自転車で移動可能) アメリカみたいに極度に都市機能が拡散して移動距離がハンパでないということはないのだから、少し高性能な自転車で現在の都市構造に対応可能なはずである

 高知市内なら市街地が半径5km以内にすっぽり収まるため、自転車で十分に事足りる。街のサイズからして自転車向きだ。坂も少ないし。路面電車と路線バスと自転車で十分に交通ニーズを満たすことは現状でも可能だろう。高知市の外縁部であっても中心部とそれほど離れているわけではないし、バス路線だってある。無理して自動車に乗る必要はない。

 高知市と後免町、土佐山田、野市、夜須、伊野、高岡、佐川などの周辺部の間の交通も、高岡以外は鉄道・軌道が通じており、高岡もバス便はそこそこ充実している。よって、本来なら周辺部からマイカーで中心部へアクセスする必要はないはずだ。後免町、伊野あたりなら自転車での移動も可能である。また、それぞれの街区も徒歩や自転車で概ね対応できるコンパクトさである。

 私の出身地である香南市夜須町あっても海岸部なら自家用車なしても十分に生活できる。夜須や手結の街は極めてコンパクトであるし、大きいスーパーに行くにしても赤岡や野市くらいなら自転車で容易に行ける。所要時間も自動車と比べて大差ない。高知市内などへ行くには、ごめん・なはり線や安芸線バスを利用すればよい。運賃は決して安いとは言えないが、それらを適宜利用しても、自家用車の保有・維持コストに比べたら微々たるものである。

 もともと高知県は海岸線に沿った狭い平野に都市や集落が集中しており、それらはすでに鉄道やバス路線で結ばれている。公共交通の有効活用という面では極めて有利な地理的条件を有しているのである。

 もし、私が提唱しているように、土佐電鉄線とごめん・なはり線および土讃線と直通運転が実現して乗換えなしで市内と結び、スピードアップの上に本数は増加、運行時間が拡大され、車両も快適化、そしてバス路線も充実し相互に連携が強化されネットワーク性が向上し、定額の乗り放題パスが導入され、適切な利用情報が提供されるようになったら、高知市都市圏でもマイカーに乗らなくても十分生活できるようになる。加えて主要駅にはレンタサイクルが完備され、本当に自動車が必要な場合には適宜カーシェアリングが利用できれば、個人個人で超高コストなマイカーを維持する必要は全くなく、はるかに安価で維持費もタダ同然の自転車を保有するだけでよくなる。

 ただし現状では、公共交通は定期券を利用可能な通勤・通学以外では、乗るたびに運賃が必要で、財布の中身と相談するとホイホイ利用するには厳しい。しかし、普段は自転車を用い、自転車利用では厳しい遠くへ行く時や雨天時に適宜公共交通を活用したライフスタイルでも十分に事足りる方は多いはずだ。これが最も利便性とコストとの両面でバランスがよいと思う。それでどうしても対応できない時に、タクシーやレンタカーを活用すればいいのである。適宜公共交通利用であっても多くの人がこのライフスタイルに切り替えると、全体の利用者数は大幅に増加する(自動車中心の生活では年に1度も乗らない方も多い)ので事業者にとっては増収になる。乗客減→利便性低下→さらなる乗客減という悪循環から脱出するきっかけになるのではないだろうか?

 「自動車がないと生活できない」と言うように、もはや自動車の保有や運転が積極的に求められる行為ではないことを示している。維持費はバカみたいにかかるし、運転するのは意外にストレスが溜まる。事故でもしたら非常に面倒であるし。いわば「クルマ強要社会」とも言える。乗りたくない人にまで自動車の保有と運転を半強制し、自動車を持てない運転できない人は極度に移動の制約を伴う社会よりは、誰もが公平に利便性を享受できるセーフティーネットとしての公共交通網が充実している方が健全な社会と言えるそっちの方が生活の質や社会福祉は確実に向上する。それを維持するにわたって重要なのは、みんなが積極的に公共交通を支持して利用することは言うまでもないだろう。

 また、人々の価値観としての脱クルマのハードルは、実際の必要度に関わらず「車くらい持ってないと」という風潮であろうと思う。世間体を気にしている側面もある。自転車についても人力であるゆえか卑下する風潮も見られる。そういう風潮が自動車の保有を暗に強要しているとも考えられる。だから、通勤は公共交通であったり、普段の生活は徒歩や自転車でほぼ間に合う場合でも、稼働率の低い自動車を保有するという経済的に極めて非合理な行動をとってしまう。また「車がないといざというときに困る」という側面もあるだろう。

 前者は、人々の価値観を変えていくしかない。「別に車持っていなくても恥ずかしくない」と、また「自転車に乗ることはお洒落でかっこいいんだ」というイメージも芽生えてきたところなのでこれから変わっていくことに期待しよう。後者は、タクシーやレンタカー、カーシェリングなどの活用により、自分で保有しなくても必要な時に適宜ニーズが満たせる社会的仕組みの構築が必要である。最も、公共交通のグレードアップと自転車の活用で自動車の利用機会を激減させた上ではあるが。

 最後に、ナカちゃんの指摘するように、「公共交通を整備すれば高知でも車に乗らなくても快適に生活できます。」というように、世の中の常識を変えていかなければいけないと思う。

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(67) 「香南市の中心地として恥ずかしいのいち駅南側の郊外型店舗群」

 ごめん・なはり線のいち駅前の南側には、多くの郊外型店舗が軒を連ねている。もともと何の変哲もない田圃であったが、旧道と国道55号を結ぶ道路が開通し、ごめん・なはり線が開業すると一気に田圃は消えうせ,、この手の店舗が増殖したのである。

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(沿道の紳士服店 看板がすごい…)

 出来た店舗は、フジグランのショッピングセンターを筆頭に、パチンコ店2店舗(1店舗は自動車学校沿いの道路より移転)、紳士服店2店舗、ファミレス2店舗、ドラッグストア1店舗(国道55号沿いより移転)、コンビニ1店舗といったところである。周辺には、もともとあったレンタルビデオ店と大型ホームセンターがあり、また、その近くにはファストフード店があり、これらが一体となって郊外型店舗の寄せ集めという様相だ。

 それと引き換えに、東部自動車学校沿いの通りは一気に寂れて本屋くらいしか残っていない。ここまで激変するとは思ってもいなかった。

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(幟がヒラヒラ… かなり目障りな光景だ)

 ということで、なぜこんな情けない街ができてしまったのかと悔やむ。全国どこでもある郊外型ロードサイド店のお決まりパターンそのもの。もちろん、広大な駐車場を構える完全なクルマ社会対応型。さらに、ほとんどが県外資本で、香南市の中心部を県外企業にのっとられた構図になっている。いや、行政が道路と上下水道だけ用意して、後はまちづくりや商業開発をすべて大手資本に丸投げしたとも言える。香南市の中心部を、こんな哀れな姿にされて恥ずかしくないのかと思う。

 本来なら、駅前というのはその地域の顔であるので、地域性のある新たなオリジナルの街を造れなかったのか?しかもゼロから設計できるわけで、新しいことを試すチャンスでもあったはずだ。行政はハードとしては道路や上下水道だけ構えるにしても、沿道の店舗などのデザインについては一定のガイドライン(マスタープラン)を設けてそれに沿った設計を促すこともできたはず。行政と住民が一体となってこういう街を目指すというビジョンがいかに重要か改めて認識しなければいけない。

 それこそ、自動車対応型でなく公共交通や自転車での来街(ただし、当面は自動車利用も必要なので商店街の端っこに共同駐車場は構える必要はある)を重視し、自動車の通行を認めず、オープンカフェなどがあって、ベンチも設けられた歩いて楽しい街をつくれなかったのか、大手資本よりも個人のお店屋さんを尊重する街に出来なかったのかと改めて思う。自分のお店を持ちたいと思う人は結構いるはずだ。新世代商店街を形成するいい機会でもあった。今さらいっても遅いけど…。

 基本的な方向性と考えられるのは以下の通り。

・自動車の通行はバス以外は認めない。自転車も降りて押す。
・自転車を店先に停めやすいような街路設計。
・商店と住宅を混在させる。
・個人経営のお店を一定以上の割合確保する。
・オープンスペースを設ける。公園も必要。
・日本の伝統的な小都市の都市構造を基本とする。
・一部は、アメリカの「ニューアーバニズム」の概念も参考にする。

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(ごめん・なはり線のいち駅のホームより南側を見る)

 もし、こういう店舗が増殖している状況を地域の発展と捉えるのならばそれは大きな勘違いである。利益の多くを中央に持っていかれて地域で循環するお金が少なくなるし、仕入れや各種の取引も地元とは関係のない場合が多い。さらに、少しでも売上が下がろうとなれば、あっという間に撤退し廃墟と化す。このような繰り返しでは、真に品格のある街など絶対に出来ない。地域の文化は育たない。時間という真の富が蓄積されない。

 このような状況は、これまでの商店街があまりにも閉鎖的で排他的な村社会構造で、旧態依然の冴えない商売ばかりしていたので、その裏返しともいえる。でも、そのような商店街は十分に衰退という形で制裁を食らったから、今度こそ、新しい風を入れて前向きな方向性で商店街が復活してもいい頃だと思っている。

《参考サイト》

Radical Imagination 地方のロードサイド風景

めだかのがっこう@灘区 失われた景観

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(66) 「やはり無用の長物か?はりまや橋観光バスターミナル」

 今年5月1日にオープンした「はりまや橋観光バスターミナル」。完成前から疑問視されていたが、やはりというかあちこちで疑問の声が上がっている。ブログでもあちこちとこの件について取り上げられた。以下のは、その主なものだ。

土佐ローカリズムちや 土佐橋バス・ターミナルというテポドン

高知おこし 新堀川 出来るまでが駐車場

ブログ「浦戸湾」 新聞の投書欄より

高知逍遥ブログ百足館通信 16億円の「ちょっとした」無駄遣い

けんちゃんの吠えるウォッチング 
 16億円の無駄遣い
 無駄な施設より市民の安全優先を
 やはり高知新聞の影響力は侮れない

土佐電鉄の電車とまちを愛する会ニュース 
 高知市 「はりまや橋観光バスターミナル」利用状況

屍牧場 公費の無駄『はりまや橋観光バスターミナル』

 もともと、かるぽーとを結ぶ遊歩道と駐車場の計画だったが、これは一旦なかったことになったのではないか。私ももう消えた話と思ってすっかり忘れていた。それなのに突如復活し強行されてしまった。総工費で16億円も要したという。年間の維持費も2000万円かかるとか。

 実際に活用されていればまだしも現実はこの通り、観光バスなんぞ1台も見えない。それどころか高速バス到着以外に人の姿すら見かけない。警備員くらいである。暑い中ごくろうさん。

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(はりまや橋観光バスターミナル全景)

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(到着便のみ高速バスも立ち寄る)

 みんなの予想通り「それ見ろ!言わんこっちゃない」。よくこんな馬鹿げたものをつくったなと思う。かるぽーとや現在進捗中の新堀川暗渠化も同様に、この界隈の歴史的資源を莫大な税金を使ってコンクリートとプラスチックで埋め尽くし破壊するすさまじい愚行である。四ツ橋があったころに戻せるものなら戻して欲しい。あの頃の方がずっと情緒もあってよかった。

 これは裁判に持ち込んで、争われるべき事柄だと思う。どれだけ市民側に勝算があるかは未知数としか言えないけど。

 あるブログの中には、せめて高速バスや空港バスの乗り場にも使えたらと書かれていたが、それはちょっと構造上難しいだろう。何しろ、東からしか進入できない欠陥バスターミナルなので。

 私の考えだがせめて土佐電鉄グループの路線バスの折り返し待機場として使えないだろうか。イオン発着便以外は、桟橋車庫発着がほとんどだが、はりまや橋~桟橋車庫間は事実上回送である。その無駄を省くためにも待機場として有効活用できないものか。西武1Fターミナル時代は車両の留置ができたのでそれも考慮すべきだ。ただ、ここからどうやって「はりまや橋バス停の東部方面乗り場」にたどり着くかという課題は残る。はりまや橋交差点の右折レーンでUターンするにしてもバスの車体長で上手く転回できるだろうか。できれば問題ないはず。また、一部の高知県交通運行便も活用する余地もあると思う。

 将来的にはこんなアホなもの取り除くべきだと思う(路面電車との役割分担を明確にし、バス路線のフィーダー化が進めば市内へ直接流入するバスの便数は減少する)が、とりあえずの当面の活用策として書いてみた次第である。

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(65) 「醜態さらす高知市街」

 高知から持続可能な交通を実現する(64)の続きといこう。改めて高知の街を眺めて思う。小学校時代は時々、中学校高校時代は毎日のように、それ以後は、ときどき帰省した時に高知市街を見ている。

 「年々醜悪さを増してきゆう…」

 これが正直な感想だ。

 高知市の電車通りなどを歩いて街の様子を観察する。そうすると、文字通りの意味で、「頭が痛くなる」。注意深く観察すればするほど、マジで頭痛がしてくる。まともな都市計画をしていないということがまざまざと分かってきて、情けなくなってくるからである。

 「この街は一体どこへ行くがやろう……」

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(堺町付近の電車通り なんともゴチャゴチャな光景)

 前述のように街路樹は街路整備時に切られて、極めて殺風景であるし、大量の自動車がこれでもかと走ってきては去っていく…。高知の顔ともいえるはりまや橋交差点で大量に溢れかえる自動車の姿はなんとも寒々しい。

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(上町二丁目付近 緑が少ない、クルマが多すぎる…)

 そして、自転車は狭い歩道に追いやられ、自転車の本来持ちうる能力を発揮できないばかりか、歩行者は気持ちよく歩けなくなっている。いつ自転車にぶつけられるかヒヤヒヤする。これは実際に、電車通りはりまや橋~県庁前の歩道を歩いてみたら誰もがそう感じるはずだ。

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(上町二丁目付近 自転車は歩道に追いやられ…)

 道路の真ん中には、路面電車が走っている。路線バスも走っている。しかし、都市交通手段としてもっと有効活用の余地があるにも関わらず、最大限の活用がされていないのも残念に思う。もしこれらが最大限の活用がされているならば、こんなに大量に市内へ自動車が流入するはずはない。だが、現実には公共交通が上手に活用されず、周辺部から多くの人が自動車で直接市内までやってきている。なんとももったいない話である。

 それゆえに駐車場の増大を招くのは必然だ。電車通りでもあちこちで空き地になった部分がコインパーキングなどに化ける。

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(大橋通り付近のコインパーキング)

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(上町二丁目付近)

 これがまた街並みを歯抜けにさせて景観を悪くするばかりか、歩道を自動車が跨ぐことになり、歩行環境を低下させるし、街路樹も途切れ途切れになる。こんな街が美しい街であるはずはない。魅力的な街とは正反対だ。

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(本町郵便局前 自動車が歩道を跨ぐ)

 一言で言えば、自動車に占拠されている。等身大の人間が蔑ろにされていると言い換えてもよい。元クリチバ市長のジャイメ・レルネル氏の言葉を引用しよう。

世界中で、都心に通過交通を通らせるような計画をして、都市としての機能を維持できているものは一つもないのです。都心の道路を交通機能に偏らせると、都心の魅力は激減するのです。
『人間都市 クリチバ』(44ページ)

 まさに高知市がそうではないか。はりまや橋交差点を通る洪水のような大量の自動車は都心部の自動車による占拠そのものだ。こんなのでは高知の中心市街地が魅力的であるはずはない。ストレスが溜まるだけである。行政は、それでも飽き足らないのか貴重な生態系と歴史を持つ新堀川に蓋をしてさらに自動車を流そうとしている。

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(城下町の面影を色濃く残す新堀川)

 「本当に、この街はどうなるがやろう…?」

 『高知遺産』にも出ていたようなセリフだけど。

 最も問題なのは、このような光景が当たり前と思っており何ら疑問に思わない人が多いことだと思う。漠然と何も考えずにクルマばかり乗っていたら正常な人間としての感覚すらマヒするのだろうか。嗚呼、自動車依存症とは何と恐ろしいものだ。ある意味アルコール依存症よりも恐ろしいかもしれないと思う。医者ではないのでよく分からないが、治療が必要な病気として自動車依存症が認定される可能性はあるのだろうか?

 公共交通がその特性を十分発揮できずに道路という道路に大量の自動車があふれかえり、自転車は歩道を我が物顔で走り歩行者の通行を阻害する交通事情、街路樹はことごとく撤去され、あちこちが駐車場で歯抜けになっている高知の街並みが、美しいと感じられるだろうか?醜悪と言う以外にどう言えようか?

 交通や街路の問題とは少し異なるけど、さらに驚いたのがこれ。

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(掘詰の高層マンション建設現場)

 掘詰のタマイ跡地に高層マンションが建設中だ。「シティタワー高知」なんていうからには、かなりの高層建築物だと思ってネットで検索してみた。「建蔽率80% 容積率600% 17階建て 89戸」だそうだ。これまた、凄まじいものができつつある。驚きが隠せない。メインストリートである電車通り沿いに、他のビルの高さを抜きん出て17階建てなんてものができると相当に景観は破壊される。さらに、完成想像図が公表されていないためなんとも言えないが、デザインも周辺建築物と全く整合性のとれていないシロモノになる可能性が高い。これについては現状でもバラバラではあるけど。

 もう、高知市にこれ以上の高層建築物はいらないと思う。全国一律の都市計画メニューが都市を破壊している。あまりにも規制が甘すぎ。東京などでは、それが都市再生特別措置法などによって事実上無制限になり、ディベロッパーのやりたい放題であちこちに超高層ビルが乱立し、なんとも言いがたい状態になった。

 個人的には、独自の都市計画を策定し実行すべきと思う。地区計画や条例を駆使するにしても、現在の制度上では限界があるのは百も承知だけど。具体的には、まず高知駅~はりまや橋~県庁前付近の電車通り沿いは認めるのは9階程度まで。県庁前のビル街の高さを最高高度とする。それ以外の幹線道路沿いは5、6階程度まで、その他は原則として3、4階までしか認めないくらいの厳しいものにすべきと思う。防災上の観点からもその程度が限度だと思う。さらに、建築物の外観は多くの人の目に触れるパブリックなものであるし、一度建ててしまうと半永久的に存在するものなので、外観デザイン、高さ、色彩、素材、壁面線などは、きちんと行政担当部署や周辺住民などと綿密に協議した上で決定されなければならない。本来、都市計画というものはそういうものであるはずだ。それがいい加減なため、ハチャメチャなことになる。日本の都市景観を見ればそれは一目瞭然だ。

Kenchomae
(県庁前の電車通り この付近はビルの高さや壁面線が揃っている)

 そして街路樹の話に少し戻ろう。

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(菜園場町付近)

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(大橋通付近)

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(上町二丁目付近 写真の向こうは上町五丁目方面)

 菜園場町付近のように思い出したかのようにポツリポツリとしか残っていない箇所が最も多い。工事の邪魔になるものは片っ端から引っこ抜いたのだろう。大橋通付近はある程度は街路整備前の街路樹が残ってはいるが、それでも減っており、間隔が開いている。残念ながら夏場の日中に快適に歩けるほどに日陰にならない。もう一度、間に植えるべきだ。上町二丁目から五丁目の南側の歩道は、新たに植えなおされているが、日陰を形成するほどには成長していない。これは年月の経過を待たなければならない。

 いずれにせよ、大量に市街地に流入する自動車を抑制しなければ高知の街は魅力的に再生しない。それゆえの公共交通や自転車の最大活用である。市街地内や周辺部との交通は、物流や大きな荷物の移動を伴う業務など以外は、原則として公共交通や自転車が担うべきだ。東部地域であれば、後免町や野市、夜須、安芸などから高知市内へ自動車で直接アクセスすることはほぼゼロにしていかなければならない。誰もが当たり前に列車などを使って高知市内と行き来する、そういうふうな社会へ切り替えていかなければならない。

 だからこそ、公共交通の情報案内の強化や直通運転などのインフラ整備を提案しているわけだ。老若男女関わらず、誰もが公共交通を当たり前に利用する社会へ切り替えるためにもである。費用対効果を疑問視する声もあろうが、このまま自動車中心の交通体系を続けていくほうが、社会レベルでも個人レベルでも遥かにコストパフォーマンスが悪いことは明らかである。何しろ、自動車はもともとカネ食い虫だし、それを一家に複数台保有しなければならない状況は、社会システムの不備が個人に重い負担を背負わせる構図で、あまり望ましくない。

 宇沢氏の『自動車の社会的費用』(岩波新書緑版)という古典があるが、30年以上も前の内容ながら見識の鋭さに驚かされる。現在でも全く色あせておらず、この当時の状況より一体どれだけ事態は改善されたのかと思う。これは是非とも読むべき名著だ。

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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[yassi's web page]ひさしぶりの更新

 個人サイトの「yassi's web page」、10ヶ月ほど何も更新していなかったですが、久しぶりに更新しました。

 更新内容は、

 ・ 自転車のページの復活

 ・ 写真集街並み写真「赤岡」追加

 ・ 写真集街並み写真「岸本」追加

 ・ 写真集鉄道・バス写真「土佐電鉄路面電車」写真追加

 ・ 写真集鉄道・バス写真「その他の鉄道写真」写真追加

 ・ 写真集鉄道・バス写真「高知のバス」写真追加

 です。

 街並み写真については、今後、福島県喜多方、新潟県村上、茨城県土浦、茨城県真壁、高知県奈半利、高知県田野、高知県安芸(市街地)の写真を追加する予定でいます。

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高知から持続可能な交通を実現する(64) 「街路整備で貧相になった高知市目抜き通り」

 10数年ほど前から高知市の電車通りなど目抜き通りを中心に街路整備が実施されてきた。実施内容は、基本的に電線の地中化と歩道のタイル舗装化、街灯等を少し洒落た(?)ものに交換するものである。

 現在では、高知駅~潮江橋、宝永町~上町五丁目が完了しており、宝永町~鏡川大橋北詰、宝永町~知寄町が工事中である。

 中学生だった頃、私も街路整備で、街並みがきれいになると思い工事中の様子を見て完成を多少楽しみにしていた覚えがある。道路沿いの看板には街路整備でこんなにきれいになりますよという「before→after」の写真があって、なるほどなと納得してはいた。

 高校卒業する頃には、結構な区間が完成してきた。

 しかし、当時より完成後の姿であるが、どことなく違和感が拭えなかったのだ。

 「確かに、電柱や電線がなくなりすっきりした。歩道もタイル張りで以前のアスファルト継ぎ接ぎより綺麗だ。信号柱などもいかにもコンクリですという感じの灰色のものから茶色のものに交換されている。しかしだ。何かがおかしい。妙に変な感じがする」

 ここに文章化するほど明確に違和感を感じてはいなかったかもしれないが、どこか喉に小骨が突き刺さったかのような引っかかる何かがあったのだ。

 なかなかその理由が分からなかったが、2年ほど前び高知市の電車通りを歩いていて、ふと「あ~、そうやったがやー!」とやっと違和感を覚えていた原因がひらめいた。

 「街路整備前は、街路樹がもっとあったがや!それを切ってしもうたがや」

 ポツリポツリしか樹木がない高知市のメインストリートの姿に、やっと気がついたわけだ。

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(電車通り掘詰 県庁前・枡形方面を見る)

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(電車通り菜園場町付近 はりまや橋方面を見る)

 写真のように街路樹はあるものの連続性がなくポツリポツリと生えている程度だ。道路幅員がそれなりに広いだけに殺風景に思える。

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(高知北警察署付近 高知駅方面を見る)

 酷いのは高知駅前付近。連続立体交差化事業の関連街路事業により、見事なくらい生垣や街路樹が撤去されてしまった。駅前の歩道橋より道路を見ると、見事なくらいのアスファルトとコンクリートしか道路にない。ただ広いアスファルトの空間に白線を引いてあるだけの様子はなんとも寒々しい。いくら駅舎を木製ドームで覆おうがすべては水の泡である。高知の玄関口として恥ずかしくてみっともなさすぎる。

 今の姿だけ見てもよく分からないだろうから、街路整備前の写真と比べてみよう。

 まずは、土佐橋付近から。

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(電車通り土佐橋付近 宝永町方面を見る)

 写真に写っている街路樹は2本のみ。その間には花が植えられているものの、すかすかで殺風景な景観だ。

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(電車通り土佐橋付近 はりまや橋方面を見る)

 ちょうど写真の左側には曰く付きのバスターミナルがあるところである。これが現在の状況であるが、街路整備前はというと…。

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(電車通り土佐橋付近 10数年ほど前の様子 ※1)

 これと比べると見事に街路樹が根こそぎ撤去された様子がよく分かる。かつてはこんなに歩道を木々が覆っていたなんて驚きである。

 次に、グランド通、枡形付近を比べてみよう。

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(枡形電停よりグランド通、県庁前方面を見る)

 現在では、街路樹がほとんどないが、10数年ほど前は…。

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(10数年ほど前のグランド通付近 県庁前方面を見る ※1)

 こんなに街路樹が植えられていたのか…。それも結構、成長していい具合の大きさになっていた。交差点にも生垣があって歩く目線からは緑が多く飛び込んできた。

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(10数年ほど前のグランド通電停 上町方面を見る ※1)

 やはり緑が多かったことがよく分かる。

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(10数年ほど前の県庁前電停 上町方面を見る ※1)

 県庁前交差点付近の電車通りにはこんなに葉っぱをたくわえた街路樹が並んでいたのに、徹底的に破壊してしまい、今では見事なぐらいに街路樹がない…。

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(枡形電停 県庁前方面を見る)

 左側の歩道に、おそらく街路整備後に植えられた背の低い街路樹が見られるもののやはり殺風景な枡形交差点になってしまった。それが、10数年前は…。

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(10数年ほど前の枡形付近 県庁前方面を見る ※1)

 まさに緑に溢れる美しいメインストリートではないか。歩道中央部にも生垣があり、歩行者と自転車の通行を区分しようとしていた。きちんとは機能してなかったけど。しかし、なぜか街路整備後には、これは継承されていない。

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(現在の知寄町三丁目付近 はりまや橋方面を見る)

 ここはまだ、街路整備事業の手が入っていない。そのため街路樹も連続して残っているし、下部には生垣がある。かつての電車通りはこの姿が標準的であった。この写真は冬に撮影したものであるが、夏の現在では緑に溢れているはずだ。

 また、街路樹がポツリポツリしかない原因がもうひとつある。植えようにも植えられない要因があるのだ。

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(上町四丁目付近 県庁前方面を見る)

 これを見るとわかるが、植え込みの部分が途切れ途切れになっている。沿道の駐車場や車庫などへ行くために歩道を跨げるようにしているためである。

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(上町四丁目付近)

 このように植樹帯が途切れている。これでは、街路樹植えることが不可能だ。そもそも、車が我が者顔で歩道を、「歩行者そこのけそこのけ、車が横切るぞ。」と言わんばかりに横切るのはおかしくないか。このようなことは、高知駅~はりまや橋~県庁前の最も歩行者が多い区間でも許されている。歩道を自転車が平気で走ることも含めて、これは歩行者への酷い冒涜行為とは言えないか。安心して歩ける街にはほど遠い。こういう些細と思われることにも、中心市街地衰退の要因があると思う。

 電車通りに関しては、今後都市交通の主役を、電車やバス、自転車などの非自動車交通へシフトするに従って、沿道に駐車場などを設置することは例外なく禁止すべきではないか。そうすれば等間隔できれいに街路樹が植えることができ、見事な並木道が実現できる。

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(桟橋通一丁目付近 はりまや橋方面を見る)

 電車通りで緑溢れる最後の砦は、桟橋通りである。両側のクスノキ並木が見事だ。ここもこころない市民が、商売の邪魔になるから木を切れなんてぬかしていたとか。県民の共有財産だ。大切にしてもらいたい。

 桟橋通のクスノキ 商店街「撤去15本」に譲歩
 (高知新聞ニュース 2002年9月9日)

 高知市は街路整備により、電線地中化と歩道タイル化による景観改善以上に、美しい緑溢れる景観を失ったとしかいいようがない。街路整備前の方がずっと街並みに潤いがあった。夏場は、街路樹のおかげで電柱や電線がそれほど目立たなかったのも評価したい。いらないものを引き算するのはいいが、いるものまで消し去ってどうする。

 夏場には、木陰ないので暑いことこの上ない。歩道を歩くなというつもりなのか。それとも歩行者や自転車の利用を考慮しない自動車交通至上主義とはこういうことなのか。夏の日中には、日差しが強く、気温がかなり上がる高知市でこのような行為は、灼熱地獄をみずから製造しているようなものだ。快適で住みよい都市には程遠い。都市全体がエアコン依存症に陥ってしまう。

 切った街路樹であるが、その後どうしたのか、それも気になる。そのまま廃棄したならば、それは重大な生命の毀損でもある。やってはならないことだ。

 行政担当者の頭の中身が知りたい。どこか感覚がずれているとしか思えない。もし僕がこの通りで熱中症で倒れて救急車で運ばれることがあろうなら、行政関係者に「都市計画の不備だ!」と正式に訴えるかもね。

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(新堀川の水面空間)

 さらに、高知県と高知市は、貴重な水のある風景までぶち壊そうとしている。たかだか自動車のために…。これも生命や歴史に対する冒涜行為であるばかりか、居住空間の破壊という一般市民へのいやがらせそのものだ。高知は、都市政策のダメな見本を世界に示したいのかね?それならそれで徹底的にやるのも一つの手ではあるが(笑)

 「アメリカ合衆国のオレゴン州ポートランドの垢でも煎じて飲め!」と言いたい。ポートランドのメインストリートは大変美しい。街並みと緑と電車が上手い具合に溶け合っている。歩いて楽しい工夫もいろいろとなされているし、公共交通と自転車の積極的推進により、自動車交通の暴走を防いでいる。おかげで、全米一住みやすいといわれる都市空間を実現したのである。

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(オレゴン州ポートランド市の街並み ※2)

 もう少しポートランドの画像、リンク貼っておく。
http://www.subwaynut.com/trimet/mallsw5th/mallsw5th3.jpg
http://www.subwaynut.com/trimet/morrisonsw3rd/morrisonsw3rd1.jpg
http://world.nycsubway.org/perl/show?46843
http://world.nycsubway.org/perl/show?46840
http://world.nycsubway.org/perl/show?51262

 一応、日本の事例も出しておこう。

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(東京都渋谷区表参道)

 日本だって歩いてみたくなる美しい通りだってあるのだ。ケヤキ並木は表参道の魅力を創出している一つの要因である。もし、街路樹がなかったらどうか?夏は直射日光にさらされて、快適に買い物を楽しむことはできない。この写真でお分かりの通り、歩道脇に多くの人が腰をかけているが、それはケヤキ並木により木陰になっているからこそであろう。

 元クリチバ市長のジャイメレルネル氏も「自動車が我が物顔で街中を走っている都市に、魅力的なものは一つもない」とコメントしている。高知市は中心市街地であっても、自動車に赤絨毯を敷きすぎ。歩行者や自転車こそが優遇されるのが本筋というものだ。

 この自然環境が豊かな土佐の高知で自動車を野放しにしておくことは、高知の価値を大幅に下げていると、肝に銘じて認識すべきだ。繰り返すが、前世紀的な物質主義で高知は豊かになれない。それに変わる新たなイデオロギーを積極的に模索する時に来ている。

※1 出典:『路面電車はゆく高知』(高知新聞社)
※2 出典:http://world.nycsubway.org/us/portland/max.html

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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怒号のアメリカンな長大貨物列車

 YouTubeで色々な鉄道動画を検索して楽しんでいますが、その中でも最もアメリカの貨物列車が面白かったりするのです。今回初めてアップします。

 アメリカの鉄道路線は旅客輸送は、航空機や自動車の発達でほんとど衰退してしまいましたが、貨物輸送ではバリバリ活躍中。アメリカ国内の貨物輸送量の約半分は鉄道が担っているとか。

 その貨物列車ですが、日本とはスケールがまるで違う。車両のサイズもバカでかい上に、編成が凄まじく長い…。

CN Train at Railroad Crossing

 踏み切りの映像ですが、全部の車両が通り過ぎるまでなんと約3分。車両数は、機関車2両+貨車131両!さすが、アメリカ。やることスケールでかすぎです。踏切待ちの車も痺れを切らしたのか、引き返す人も。

UP SD70ACe 8359 West with a Stacktrain

 これは、怒号の海上コンテナ2段積み列車!ダブルスタックトレインといいます。機関車含めてたぶん合計89両(数え間違えたかもしれないので)。幹線道路を走るコンテナ牽引トレーラーですら威圧感を感じるのに、これを生で見たらどんな感じなんだろう。

UP 4234 westbound at 70MPH through Maricopa

 夜明け前に、時速70マイル(時速約110キロ)で走る、ダブルスタックトレイン。高速運転する貨物列車は迫力満点だけど、騒音問題大丈夫なんだろうか…。

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過去ログリストを作成中

 ブログは通常のウェブサイトよりはるかに更新が簡単でいいのですが、欠点は昔の記事が埋もれてしまい、ほとんど読まれなくなってしまうこと。

 その欠点を補うため、「高知から持続可能な交通を実現する」については、一覧のリストを作成しておりましたが、このたび全記事について作成します。

 リンクはこちらです。右のサイドバーにもリンクはっています。

 今日も自転車は走る。-過去ログ集-

 まだ、一部の記事のみですが、順次追加していきますのでよろしくお願いします。

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高知から持続可能な交通を実現する(63) 「ガソリン暴騰を機会に減クルマ社会へ舵を切れ」

 8月に入った。原油高騰により、ガソリンスタンドの店頭価格がまた上がった。以下はそのニュースである。本来は、リンクだけにとどめる必要があるがすぐに消えてしまうのでこちらに転載させていただいた。ご了承いただきたい。

<ガソリン>一斉に値上げ 都内で180円台後半も (毎日新聞 - 08月01日 11:21)

原油価格の高騰で石油元売り各社が8月の卸値を5円超引き上げたことを受けて、1日朝から値上げに踏み切るガソリンスタンドが相次いだ。大阪市ではレギュラーガソリンの価格を1リットル=190円台に引き上げるスタンドが出てきた。東京都内でも180円台後半で販売するスタンドがあり、夏の行楽シーズンを迎えた家計を直撃しそうだ。

 大阪市北区のスタンドではレギュラーガソリンを前日より8円高の1リットル=196円に値上げした。東京都港区のスタンドも前日より6円値上げし、1リットル=188円にした。激戦区の同北区の販売店は、「他店との競争で7月に値下げした分と合わせ、11円値上げし184円にした」という。

 元売り最大手の新日本石油は8月のガソリン卸値を1リットル当たり5・1円、昭和シェル石油は6.5円、ジャパンエナジーは6円それぞれ値上げした。レギュラーガソリンの小売価格(全国平均)は近く、7月に付けた1リットル=181.5円の過去最高値を更新する見通しだ。【谷川貴史】

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 自分が撮影したものでないのでどこか分からないが、このスタンドでは、ハイオクは200円に突入。レギュラーも200円突破は時間の問題かもしれない。

 多少の増減はあるものの、もう毎月にように上がり続けている。1年前のレギュラー140円台でも安く感じてしまうのが不思議だ。当時も高い高いとみんなぼやいていたのに。

 高知県でも当然値上げとなった。

 けんちゃんの吠えるウォッチング 明日からまたガソリン値上げ

 食品も高騰するし他の生活物品も値上げになるし、こうなると生活はきつくなるのは当たり前だ。漁船なんかに至っては、思うように操業できなくなっている。これは生活がかかっているので深刻な問題だ。しかし、すべて悪いことばかりではない。実際に東京都内では、目に見えて通行量が減り、万年渋滞の首都高がスイスイ走れたり、交通事故が減少したりという思わぬいい意味での副産物も生じている。

 各種の値上げ騒動についてだが、いかに外部資源に頼りすぎる経済基盤が脆弱なものであることの証である。この機会に「減クルマ」もしくは「省クルマ」へ舵を方向転換すべきではないか。

 地方では車は必需品でそれがないと生活できないとぼやくが、それは半分ウソだと思う。自転車で行けるような距離でさえ車に乗り、浪費ばかりしているからだ。車依存症に陥っている。

 公共交通機関にとって千歳一隅のチャンスであろう。事業者間で連携を強化し、適切かつ体系化された情報をきちんとユーザーに提供することがまず最重要課題である。こういうことは高知県庁が主導して実行すべきだ。交通政策課のホームページ、もっと充実したものを作ってもらいたい。

 高知は、地域再生のためにも、地場産業をきちんと再興し、外部資源の依存は減らさなければいかないと思う。それには、とりあえず県別食料自給率を100%以上にすること、石油エネルギーの消費を減らすことが重要だ。そうすれば地域でお金が回るので経済にとっては大きくプラスになる。

 土佐ローカリズムちや 県外企業の進出

 それを同時に満たすのが、車依存社会を緩和することである。公共交通が地域交通の主役になれば、石油エネルギーの消費は確実に削減できるし、コンパクトシティにして、郊外部の潰されて店舗や駐車場になった農地も再興可能だ。同様に、既成市街地でも駐車場になったところに建物を再び建てるなどの選択肢も出てくる。 緑を増やしてもいい。ドラえもんに出てくるような遊び場としての空き地としてもいい。いずれにしても、都市も村落も人間中心の空間を取り戻さないといけない。それが蓄積すると高知の新たな魅力創造につながってゆく。

 高知こそ、さっさと車中心社会から決別しようではないか。今、増えすぎた自動車がもたらす諸問題を直視することをしっかりやらないと高知の再興はあり得ない。前世紀的な物質主義では高知は絶対に豊かになれない。新しい文化的な価値観を創造していかなければならない時期はすでに来ている。

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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実用車よ21世紀に甦れ!

 かつて自転車と言えば実用車だった。仕事で使ういかにも堅牢な自転車だ。頑丈そうなダイヤモンドフレームに、がっしりした太めのキャリア、大きなスタンド、ロッドブレーキなどが特徴。自転車の進化の一形態であり、機能美を感じる渋い車種だ。昭和40年代ごろまでは、街で大活躍していたという。こち亀の両さんの愛車でもあるしね。千鳥号だったっけ?

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 自動車にとって変わってしまった実用車。すっかり見なくなった。今でも現役バリバリなのは、中央卸売市場のある築地だ。ちゃんと使われている実用車がたくさん見れる。

 BROMPTONでポタリング 実用車の聖地「築地」

 こんな荷物を運ぶ自転車であるが、自動車への過度な依存を克服するためにも、抜本的に見直されるのはありだ。トラックで運ぶほどのものではない荷物は、近距離なら自転車で運ぶことがもっと再評価されてもいいはずだ。

 しかし、問題も存在する。現在でも販売されているが、基本的に昔から変わっていない。質実剛健なのはすごくいいんだけど、現代で積極的に使おうと思ったらいくつかの点を改善しないといけないと思う。僕の経験からもね。

 年末年始の郵便アルバイトで、郵便自転車に乗ったことがある。基本的には実用車と同じだ。乗ってみての感想だが、正直「勘弁してくれよ」というような感じであった。大抵の人は二度とこんなの乗りたくないかもしれない。

 僕の場合は、郵便局から4kmほど離れた地区に割り振られた。そこまで自転車で行かなければならない。幹線道路を走ることになるが、その幹線道路の歩道が継ぎはぎだらけでガタガタ…。交差点部分には勾配や縁石の継ぎ目もあるし。いちいちスピードを落とさなくてはならない。郵便物満載状態で、ギヤも1枚しかないので、それはかなり体力のロスになる。いっそのこと舗装状態のいい車道の左端を走ってやろうかと思ったが、郵便自転車でそれは目立ちすぎるから自粛したが。

 さきほど書いたが、ギヤは1枚なので加速が大変だ。トルク重視で低速ギヤ設定なんだろうけど、配達で一軒一軒停まってポストに入れるには、相当応えた。初日は、局員さんと一緒に配ったが、こっちがやっと動き始めたころ、郵政カブは次の家にたどり着いているもの。機動力なさすぎ…。それでも、着実に加速していけば結構なところまで出るんだけど…。

 さらに、追い討ちをかけたのが担当エリアの地形。山が迫る場所で、随所に坂道がある。山と川に挟まれた狭い地区なので、降りたり上ったりと。この自転車、坂道には決定的に弱い。やはりギヤが1枚しかないからである。降りて押すのは嫌いなのでやけくそで漕ぐのだが、止まる寸前の速度でしか上れなかったりする。坂上ったところに家一軒なんていう箇所もあったが、毎回ようやく登ったという感じだったよ。

 最終日まできちんと勤め上げたのであるが、実用車の長所、短所をまざまざと知ることになったわけである。欠点を改善したら現代でも十分通用するはずだ。ヒキタさんも『自転車生活の愉しみ』で「荷物を運ぶ自転車は優れて未来的なのだ」と太鼓判を押しているし。

 堅牢な設計で、かなりの重量物でも運搬できる長所はしっかり引き継ぐべきだ。それこそが実用車の特色だし。最大の問題は、やはり変速機構がないことであろう。重量物を積んで発進しなければいけないことや、上り坂だってあること、リヤカーを引く場合もある事を考えたらないのが不思議なくらいである。停止状態でも変速可能な内装式なのはもちろん、変速段も3段とかでなく8段あたりは必要だと思う。荷物を積んでないときは、高速ギヤで比較的迅速に走れるようにも考慮すべし。

 堅牢な設計ゆえどうしても軽量化は難しいが、ハンドルやシートポストなど直接積載物の重量がかからない部分にはアルミなど軽量パーツを使うことも検討されていいと思う。フレームの材質は、堅牢性とコストを両立できるものは従来通り鉄のみだ。

 さらに、電動アシストを組み込むモデルだってあっていいと思う。勾配がきついところでは大いに威力を発揮すること間違いない。

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 ジブリの森美術館前などで、玄米ワッフルの移動販売をする「夕焼けこやけ」。質実剛健な実用車が雰囲気作りに一役買っている。こういう側面でも実用車、もっと見直されないかな?角井愛さんの話では、スピードも出ないし時々故障するとか。それでも自転車屋さんは一生懸命直してくれるとか。だからこそ、いっそう愛着も湧いてくるということだけどね。

 新世代実用車、どこか製造しないものだろうか?

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自転車の変速装置は必須だと思う

 これは議論しだしたらループになりそうだ。でも、敢えて取り上げる。

 たまに「自転車の切り替え不要論」を主張する人がいるんだ。特に、僕が高校のときなど幾度がそういう経験があった。ある友人は、中学校の時は通学自転車、切り替え付き(内装3段)だったけど、高校になって買った自転車は、切り替えなしの自転車になっていた。聞くと、「切り替えなんか必要ない。」との答え。あまりにもあっさりとした回答であった。その友人の場合、通学距離は4kmほどでオール平地だったから限定用途車としては切り替えなしでも確かに問題ない。しかし、なぜ以前より退化した自転車に乗るのだと不可解でしょうがなかったのである。

 僕の場合、小学校4年の時に内装3段変速の自転車を買ってもらった。その時は、切り替えの上手な使い方分からなかったけど、坂道では「軽」に入れると、すごく楽。まず、それに大いに感動したよ。そして「速」に入れて漕ぐとすごくスピードが出る。めっちゃ速い!それからは「切り替え付き自転車最高!こんな素晴らしいものはない!」と思うようになったし、あまりにも切り替えなしの自転車とは性能が段違いなので「これからは切り替え自転車ばかりになる!」とすら思っていた。当時小学生だからこれまでの自転車の歴史など知るはずもないし、大真面目に切り替え付き自転車は新しい技術だと思っていた。

 まあ、それはいい。自転車に切り替えが必要かどうかということだが、僕は原則的に必須だと思っている。加速もスムーズになるし、上り坂でも負担が軽くなる。それに、向かい風だってあるし、荷物を積んで重くなることもある、体調だっていつも快調なわけでない。急いでいるときもある。そういうことで、様々なコンディションに応じて適切なギヤ比に調整できる切り替えは、絶対に必要だと思う。

 高校のとき、ある1年下の後輩とも「切り替えがあると自転車の性能を変えられるがぞ!」と、同じく切り替え不要論を展開する後輩と混じって議論していたことも思い出した。そう、まさにそれ。自転車の性能が変わる。3段切り替えであっても、切り替えなしと比べたら雲泥の差。その後輩も僕と同様に、休日や日曜日の模試実施日などに田舎町から20km以上離れた高知市まで走っていたことも付け加えておく。曰く「切り替えのない自転車は終わっちゅう。」とのこと。僕もそれは今でも同感。切り替えなしなんて用事にならん、というのが正直な感想。

 街に停まっている自転車、特にママチャリ(ここでは買い物用、通学用両方包む)を見ると、切り替えなしの自転車が半分程度占めている。それを見るにつけ、自転車って正しい認識がされていないんだなぁっと思ってしまう。僕の偏見かもしれないけどね。まあね、自分が思っている範囲だけで使用するなら確かにいらないのかもしれない。でも、その程度の性能だけにそれを飛び越えることができなくなってしまう。

 僕の場合は、切り替えがあったからこそ、25km先まで走るようになったと言っても過言でないし、性能が良かったゆえに、小学4年の時のやつが11年も生き延びた。

 自転車はとりあえず走ればいいと思うなら、購入する時にその場で安い方を選んでしまいがちだ。実際、あるなしで5000円ほど違う。本当は、5000円以上のメリットがあるのに、それがきちんと認識されてなくて残念だ。

 自転車がある一定の条件で、自動車の代替をするなら、より遠くまで行けるようにスピードを得なくてはならない。快適性も上がらないといけない。そうなると、切り替え付きは必然ということになるんだけどね…。

 やっぱり、切り替え不要論者ってたくさんいると思う。無知からじゃなくて、明確なポリシーを持ってそうしているなら大いに実行していただきたいと思う。ただし、ノーブレーキピストはやめてね。

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