手結の価値・魅力(4)

手結の価値・魅力(3)の続きかつ総集編です。

(画像はすべてクリックで拡大して見れます)

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2005年に、映画『MAZE マゼ ~南風~』が上映されました。ストーリーの解説(リンク先を見てください)や評論はここではしませんが、夜須町手結がこの映画の主要ロケ地になりました。

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(MAZE~南風~のポスター)

はっきり言ってすごいことでしょう。何しろ、自分たちの町が映画の舞台になるのですから。

僕も感動しましたよ(笑)

手結ってこんなに魅力的なところがあったのだと。

映画の撮影にあたっては、地元の人たちもかなり協力していました。地元の方々の協力があったからこそ映画が出来たと言っても過言ではないでしょう。

参照:月兎の耳:MAZE

だが、今となっては(かなり前からだが)もう何も無かったかのような雰囲気です。ほんとに映画など撮影されたかというくらい…。

撮影に協力した方々も、地元の魅力を再発見し、まちづくり活動などをはじめるいいきっかけだったと思うと残念でなりません。

手結は、本当に魅力的なものをたくさん持っています。

 石積み護岸を残す掘込港。

 少なくなったとは言え今も残る街並み。

 人間味のある路地空間。

 今なお続く手結盆踊り。

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これらは、都会からの移住者を惹きつける要素を十分持っているでしょう。

民泊(高知ではフトン&モーニングとでも呼ぶべきか?)やの漁業体験を積極的に進めて滞在型観光の拠点としても活用していけそうです。

しかし、残念なことに地元の方々がそのポテンシャルにほとんど気がついていないようです。それどころか、宝物を粗末にしているようにも思います。

山奥の山村でもないのに高齢者ばかりになり、若い人がほとんどいないという状態になっていますので、それも無理はないことですが・・・。

手結は典型的な過疎地です。ひょっとしたら限界集落同然かもしれません。すでに手結から商店が壊滅しましたし・・・。

行政も行政で移住者を獲得してやろうというガッツは欠けていますし。

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だからと、言って絶望しているわけではありません。都会からの移住者のほんの一人でも二人でも手結を選んでいただき、その方々が中心となって動いていったらいいのです。吉祥寺だって魅力的な街になっているのは、昔からの住人というよりは外部からやってきた人によるところが大きいですし。

と言う私ももちろん行動しなければいけないのですが。

まあ、こういうことは気長にやっていけばいいのだと思います。

最後に手結港を一周する映像を紹介しておきます。

http://www.youtube.com/watch?v=9duKtZ4KmW0

<参考 MAZE~南風~関連>

MAZE 南風-1(高知で観た先行上映)
「MAZE マゼ ~南風~」を見よりますー。
映画『MAZE』撮影快調!
MAZEに不覚の涙

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10周年を迎えた自転車「ラ・クッション」

もう、半年も前のことになりますが、1999年の高校2年生の時に導入した自転車「ラ・クッション」が、10年目に突入しました。

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(2009年9月撮影 手結港にて ※画像は拡大できます)

この自転車の最大の特徴は、サスペンションを装備していることです。その他にもベルトドライブやハブダイナモライトを装備していますが、こちらは購入時のオプションです。

値段は、5万円。シティサイクルにしては非常に高価でした。

当初より「10年は使う」という前提でしたが、めでたく10年目を迎えることができました。

当時、小学4年から使っていた「くろチャリ」が老朽化や24インチ仕様で使い勝手が悪くなっていたこと(と言ってもそれからさらに3年使用された)、高知まで行くとき南国バイパスの歩道の状態が悪くケツが痛くなるのに悩まされていたことが、サスペンション付自転車にした理由でした。

しかし、性能はさほどよろしくない。重量がかなり重く、さらにサスペンションで力をロスするため、3段変速を装備するものの加速が悪く、25km/hの巡航速度に達するまでかなり時間がかかります。上り坂も非常に苦手です。
夜須~高知間の23kmでも、ゲートウエイなどは1時間5分程度で走れるのに大して、1時間10~15分はかかります。

はっきり言うと、

「5万円もした割には低性能」

それゆえ、一時は

「この自転車を選んだのは失敗だった・・・」

という評価を下していました。

「まあ、高かったし使わないともったいない」

くらいの気持ちで使っていた時期もありました。マジで、売却して整理しようかと思っていたこともあります。

だけど、10年使ってきた今では、この自転車の良さというのがようやく分かったように思います。

●耐久性の高さ

耐久性はすばらしく、これまでパンクを除いて、ほぼノントラブル。
1997年に導入した先輩の「ゲートウエイ」が、細かい部品に関しては劣化や破損で多くが交換されているのとは反対に、こちらはカゴとブレーキワイヤーを一度交換したのみ。
フレームの塗装もしっかりしており、塗りなおしの必要すらないほどだ。10年ものとは思えない綺麗さを保っている。

●平地なら必要十分なスペック

いくら加速が悪いと言っても、平地では着実に加速していけば23~27km/h程度で快適に巡航できるくらいのスペックはある。
主要な用途は、今も昔も夜須~野市・南国市・高知市間の移動だが、ほぼ平坦で停止することも少ないので、必要十分な性能だと言えるだろう。

●乗り心地のよさ

やはり、サスペンションとし柔らかめのサドルで乗り心地は上々。そんなに飛ばさないならこれに勝るものはないと言ってもいいくらい。
やはり、歩道の舗装状態が悪い(大分改良されたけどまだまだ)南国バイパスを走行するならこの自転車が最も快適だ。
安定性も素晴らしく、手放しでもほとんどぶれずにまっすぐ進む。いまだかつて転倒したこともまったくない。

要するに、自転車の特性を知って用途を限って使えば問題はないということです。用途を限定と言っても、自転車での移動のほとんどはこの範囲に収まっているので、ほとんどは、ラクッションで対応可能です。

ほとんど平坦で信号で止まることも少ない、一部舗装状態の悪い箇所があるという夜須から高知市の間では、ラクッションにはピッタリの用途です。これくらいなら距離的にしんどいということも少ないですし。(高知市までは多少しんどいというか時間がかかるということはあるが…)

やはり、日本製の丁寧に作られた自転車だということがようやく分かってきました。なにしろ、ほとんど老朽化らしき老朽化すらしてませんし。

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(ラ・クッションのロゴ)

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(積算走行距離7240.6km メーターは2003年8月に設置)

走行距離は、おそらくこの2倍は越えているでしょう。2001年度には、毎日のように夜須と後免の間(片道約13km)を往復していましたし。

下の写真は、ラ・クッションよりも2年先輩のゲートウエイです。すでに12年目に突入していますが、こちらも現役バリバリで活躍中です。
クロスバイク顔負けの軽快な走りを活かして、かなり遠くまで行きますし峠道にも進出しています。まだまだ、十分使えそうです。

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(ラ・クッションより2年古いゲートウエイ こちらも現役バリバリ ※画像は拡大できます)

最後にですが、ラ・クッション無事10年使うことが達成されました!

さらに10年、「20周年」を目指して大切に使っていきます!

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(手結港にて 常夜灯と可動橋をバックに撮影 ※画像は拡大できます)

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ブログ更新の本格再開はもうしばらくお休みします

これまでブログ更新を長期お休みしていた理由ですが、単にいろいろと忙しいからだけではありません。

正直言うと、このまま書き続けてもほとんど意味がないと判断したからです。

高知から持続可能な交通を実現するシリーズは、時には睡眠時間を削ってでも大量に記事をアップして参りましたが、これにより実際に何かが変わったとか、ブログがきっかけで関係者とコネクションが出来たとか言う成果は残念ながら今のところないのが現状です。

確かに、以前よりは交通関係者や行政関係者との面識は格段に増えてはいます。
ただ、ブログ記事がきっかけではなく、NPO高知市民会議交通まちづくり部会での活動によるところが大部分です。

ブログに必死にアップすればするほど後で虚しくなるだけやらんほうがマシ。
そう思うことたまにあります。

いや、本当はブログがまったくの無駄とは考えていません。むしろブログだからこそ可能と言う事もたくさんあるでしょう。
ただ、少なくも現状ではあまり意味ないかな…ということです。

2009年2月よりブログよりも著書執筆を最優先していました。
これがブログを更新していなかった本当の理由です。

私は、著書を持ってこそ一人前、出版こそ本当のスタートラインと考えていますので。
昨年、2008年度中に本を出すなどと言っていましたが、未だに実現できてないのはちょっと恥ずかしいのですが、なんとか今年度中には出さねば……。何しろ原稿自体は書き上げてこの世に存在していますから。

要は、一度結局ボツになってしまったわけで・・・。
編集者いわく「数あまたある自転車本の中でも今までにないテーマを扱っており興味深い。ただ、この出版不況の中、ある一定以上の売れる確証の持てるものでないとなかなか出せない。貴方の内容は、まったく売れないとは思わないが、確実に売れるとも限らない」ということでした。

まあ、出版不況であるし私も新人なのでこの辺は織り込み済みではありましたが…。

いつまでもブログしか書けない素人では(著書の一冊も持てないようでは)、世の中を動かすのは厳しいでしょう。本当に社会を変革するのなら、自著を書店に並べて、セミナーや講演・シンポジウムに呼ばれて、雑誌に連載記事を書いてナンボでしょう。一定以上の発言力や発言機会は必須ですので。
また、著書を出してこそ、このブログで書いたことも意味が出てくると思っています。

念のため付け加えておきますが、印税・講演収入でボロ儲けしようなどとは端から思ってはいませんので悪しからず…。

ですので、ブログは今後もアップして参りますが、当面は(出版までは)グルメ記事や街並み巡り、ツーリングレポートなどに限定します。(一部例外あり)

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新ブログ

いかん・・・。
ブログの更新が実に半年以上に渡って滞ってしまった。

一回忙しくて更新を停止すると、なかなか復活するのは難しい。
でも、これからがんばって更新はしていきたいと思う。

書きたいねたは山ほどありますし。

これまでクルマ依存社会の問題や公共交通の復興について書いてきた「高知から持続可能な交通を実現する」シリーズは、新ブログに移行いたします。

新ブログ 
「高知からクルマ中心社会を問い直す(タイトル仮)」

当ブログにアップしている記事も一部修正したうえでカテゴリごとに順次移行していきます。

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手結の価値・魅力(3)

手結の価値・魅力(2)の続編です。

手結の魅力的な景観は、内港だけではありません。その街並みにも、いろいろと特色があります。特に、裏側の狭い路地は素晴らしい空間です。

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国道55号より見た、手結の街並みです。

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手結には、主にかつて街道だった道沿いに伝統的な様式の民家が残存しています。ただ、街並みを形成するほど多く残ってはいませんし、そもそも街道そのものが短いですし。この辺は、商業的なエリアでした。造りの良い商家だったからこそ残っていると言えます。

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旧街道の様子。奥へ行くと、かつては手結山越えという難所です。トンネルができてそういう先人の苦労も忘れつつあります。

港の周辺にもあるにはあるのですが、そちらは主に漁師が居住していたエリアでして、民家のつくりも商家よりは立派ではなく平屋が中心でした。狭小で老朽化ということもあったので、戦後には多くは建て替えられて2階建てになっています。ただそれでも、地元の大工さんが建てた日本家屋が多く、家並みの風景としては全然悪くはないのですが。

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最も立派で最も古いと思われる民家。江戸末期の建築と聞いていますが、詳しいことは忘れました…。

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残念ながら、今は現存しません。商港として繁栄した時代を偲ばせる建物でした。なくなってしまったことが大変惜しまれます。

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常夜灯とそこにとまるカラス。背後の建物。なかなかいい構図でした。右の公衆便所が邪魔でしたが…。

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いつからあるのでしょう?どことなくレトロな消火用ホース置き場です。「高知資産」にものっていました。

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街道より路地に入ったところです。昭和40年ごろよりほとんど変わらぬ光景。奥の小さなトンネルみたいなものは、かつての土佐電鉄安芸線の遺構です。上を電車が走っていました。

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銭湯だったという建物です。こちらも「高知遺産」に登場してました。

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その銭湯跡から内港方面を見たら、山の上にはちょうど海風荘が目に入ります。

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手結内港を取り巻く道の裏側の路地は、迷路のように入り組んでいます。非常に狭く、人ひとりが歩くのがやっとというようなところも多くありますし、階段になっている箇所もあります。

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港の周辺は、すり鉢状の斜面地ですので、路地もだんだんと斜面を這い上がります。それが複雑な路地空間を構成している要因の一つでしょう。もはや、路地は路というよりは、家と家の隙間と形容したほうが適当でしょう。本当に隙間を通らないと到達できない民家も存在しますし。

路地には自動車が入ってきません。というか入れません。それは大変重要なことだと思っています。車社会の進展と過疎化により、空き家になった部分が駐車場になることはよくあることですが、それは手結でも例外ではありません。車が通れる道沿いには、駐車場が出来て街並みが歯抜けになった部分は多く見られます。しかし、路地内でも空き家が取り壊されて空き地になった部分はありますが、さほど多くはありません。

路地は、モータリゼーションから開放される空間です。自動車に怯えて歩く必要は全くありません。完全に歩行者のための路です。自転車は走れます、小学校のとき「自転車おにごっこ」をやってて路地を爆走して、立ち話をしているオバサンに、「何度も何度も、自転車で。こわい!やめなさい!」って怒られてしまったこともあります。

狭い路地と密集した家々、まさに漁村らしい空間ですが、大都市の密集市街地のような息苦しさはまったく感じられません。むしろ憩える場所です。それなりに隙間がありますし、背後も路地脇も緑に覆われ、路地脇には小さな水路がありますので、そういうのが心地よさにつながっているのでしょう。

こういう空間は、大事にしていってもらいたいと思いますね。間違ってもそこに自動車が入ってこれるような道を通して…というようなことはあってはならないと思います。

その(4)へ続く。

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手結の価値・魅力(2)

手結の価値・魅力(1)の続きです。

今回は、ほとんど紹介されない手結外港の様子と、魚揚場の風景を取り上げます。

画像は一部を除き、クリックで拡大できます。

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手結外港の様子です。こちらは言ってしまえば何の変哲もないコンクリートの防波堤で囲まれたごくありふれた港です。それゆえ見過ごされがちですが、手結港の近代化には大きく貢献しました。

明治期には、手結内港の入り口が土砂で埋まり船の出入りが出来ず、廃港同然だったそうです。そのため、漁船は西側の手結の浜(旧手結海水浴場)に、引き揚げていたそうです。せっかくの港がありながらなんというモッタイナイ様…。

そういうこともあって、大正初期に川村益太郎氏の尽力により外港が造成されました。その時に浜の一部が埋め立てられ、今でも手結地区の一部は埋立と呼ばれています。

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外港に面した漁業施設。漁協事務所と魚揚場、製氷場が一体的に整備されています。かつては、対岸にありましたが老朽化が進み、新外港を新たに造成した関係でこちらに移転しました。

当然ながら、手結では古くから漁業が営まれてきました。土佐の漁業の特色である、カツオ漁も、清水や宇佐、須崎、久礼などには到底及びませんが、江戸時代には営まれていました。明治期までは鰹節製造もあったそうです。(「夜須町史上巻」による)

手結の漁業で特徴的なのは、シイラ釣りでしょう。昭和初期より始まったそうです。

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魚揚場の様子です。

2008年12月4日に水揚げされた魚。

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シイラ。シイラ漁は、高知では手結と興津の漁師が専業で営んでいます。

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その他いろいろ。

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魚揚場の脇では、イワシなどが天日干しにされていました。こういうのがあると漁村の風情をいっそう醸しだしますね。

古くから捕鯨業が発達し、戦後はマグロ遠洋漁業で世界の海へ進出した室戸や、カツオ漁のメッカである清水や佐賀には、足元も及びませんが、県下では中程度の規模を誇る漁村としての地位を確立してきました。かつては、商港としての機能も発達していました。

しかし、戦後は一貫して漁業従事者数は減り続け、現在では風前の灯火というところまできています。もはやすでに「元漁村」というところまで来ています。高齢化が進み跡継ぎもいません。集落そのものも極度に高齢化と過疎化が進んでいます。

入り江地形で、港があり漁船が繋留され、狭い平地に民家がひしめき合う景観は、大いに漁村としての風情を持っています。映画『MAZE 南風』の舞台にもなったように、その景観的魅力は、大きな価値を持っています。ですが、集落の基幹産業は、もはや壊滅寸前。農村と違い集落の土地そのものは生産手段ではありませんので、漁業がなくなればただの住宅地になってしまいます。

それがいい悪いという問題ではもちろんないのですが、何かと新たな活路を見出していく必要はありそうです。

もう少し、手結内港の情緒ある風景写真を追加しておきます。

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その(3)へ続きます。

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手結の価値・魅力(1)

これまでも当ブログにて、「高知の湘南 夜須町」シリーズなどで、夜須町手結について取り上げてきました。

大特集! 「高知の湘南 夜須町」
12月7日の手結港
「高知の湘南 夜須町」 <第二弾>
「高知の湘南 夜須町」 <第三弾>
「高知の湘南 夜須町」 <第七弾>

今回は、いままで撮りためてきた写真の整理も兼ねて、夜須町手結地区の特色や魅力を紹介していきます。

手結地区は、夜須町でもごく一部分ですが、昔より夜須より手結の方がはるかに有名でした。私が、土佐塾中学校に入学したとき、びっくりしたのは高知市内の多くの同級生は、「夜須町ってどこ?」っていう反応。これには正直参った覚えがあります。しかし、後々分かってきたことは、「手結」ならみんな知っているということです。

どうやら町外の者にとって「夜須=手結」だったのでしょう。「手結海水浴場」と「手結山の餅」、「手結の盆踊り」と、すべて手結が前面に押し出されていました。かつての土佐電鉄安芸線も、手結駅は駅員さんのいる立派な駅でしたが、夜須駅は1面ホームの無人停留場でしたし。夜須と冠するものがほとんどなかったように思います。

手結の歴史は古代にさかのぼるとか。

 土佐ローカリズムちや 手結の古代

何しろ、中世時代より手結湊としてして知られていたそうです。高知県東部の海岸地形は、基本的に砂浜か岩礁で、船を安全に繋留できる天然の良港は、手結と甲浦しかありませんでした。江戸時代初期には、野中兼山が指揮して立派な港湾に整えられますが、それも土佐と大坂・神戸を結ぶ航路上で避難港としての重要な役割があったからこそでしょう。

また、手結という地名は不思議な響きがします。夜須もそうです。手結という地名のルーツは、地形が手を結んでいるように見えるからとか、労働交換の「結い(ゆい)」からきているとか、諸説があります。。

ナカちゃんは、「手結はおそらく万葉集の手結(たゆい)が浦からきちゅうとは思います」と書かれていますが、どうもアイヌ語に通じる語感があるとか。調べてみたらこんなのが出来てきました。

土佐の地名 寺田寅彦

手結《テイ》 「タイ」森[#「森」に傍点]。これではないらしい。あるいは「ツイ」切れる[#「切れる」に傍点]か。ビルマでは「テー」砂[#「砂」に傍点]。出雲の手結[#「手結」に傍点](タユイ)とは必ずしも同じではないかもしれぬ。

うーん…。正直なところ、よくは分かりませんが、他のアイヌ語らしい地名を見ると、海岸地域がかなり多いことが分かります。夜須もその一つですし。北海道でも、アイヌ人はもともと漁業民族で海岸に集落を形成していたことからも、アイヌとの関連性がありそうです。

手結の写真を紹介していきます。画像は、基本的に横700ピクセルで統一しており、クリックで拡大可能です。

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毎度お馴染み、歴史的港湾「手結内港」の写真です。藩政初期に、造成された日本最古の掘り込み港。現在も基本的な港湾の構造は、当初と変わっていません。この今も立派に現役で使われている、江戸時代の社会資本です。

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同じく。

Kinenhi

野中兼山の公徳碑です。竣工年は諸説あって、1653年とも1657年とも言われていますが、いずれにせよ350年以上の歴史を持つ、貴重な土木遺産です。

Fromchikamichi

海風荘へ行く、山道の中腹から見た手結内港と手結の街並みです。

Photo

昭和50年(1975年)当時の手結地区を写した航空写真です。まだ、新外港はありません。上空から見ると、集落の入り口の両側に山がせり出していて、手を結んでいるように見えます。上から見ても美しい集落です。内港の周辺に張り付くように、集落が発達しています。

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雪化粧した手結内港。2008年2月13日撮影。雪など滅多に積もらない高知の海岸部ではこういうことは大変珍しいです、1年に1回あるかないかというチャンスです。ただ撮影したのが午前9時頃でして、2時間くらい前はもっと雪化粧していたそうですが…。

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国道55号の手結山トンネル脇より見た、手結の集落。手前の築堤は、かつての土佐電鉄安芸線の廃線跡で、現在は自転車道になっています。奥の立ち上がった構造物は、手結港可動橋。2002年9月、手結内港入り口に架橋されました。国道から、立ち上がった姿を見ると、誰もが「なんじゃ、ありゃー?」と不思議に思うとか。まあ、そりゃびっくりするでしょうね。

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その可動橋の上がっている姿です。昼間は、1時間おきに上下を繰り返します。夜は、上がったままです。

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降りているときです。

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手結内港と漁船と可動橋。可動橋は港の風景に溶け込んでいるのか、ミスマッチなのか?果たして??

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当時の、優れた土木技術を今に伝える石積み護岸。情緒たっぷりです。

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接岸部は、漁業関連の資材置き場と化しています。汚らしいという人もいますが、これはこれで漁村らしくていいでしょう。

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手結内港を取り巻く道路は、タイルで舗装されています。個人的には、いかにもという感じがするので、茶色のアスファルト舗装あたりが自然でいいと思うのですが…。

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可動橋脇の展望台(可動橋操作室を兼ねている)より。手結内港が見渡せます。

今回は、主に手結内港の風景を取り上げましたが、次回は外港と市場の様子を取り上げます。その(2)へ続きます。

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高知から持続可能な交通を実現する(86) 「高知県が今後進むべき道は?(その1)」

 けんちゃんのブログで、以下の記事がアップされている。それを元に話を進めていこう。

 けんちゃんの吠えるウォッチング 高知の環境を活用した産業育成を

 高知新聞2月9日(月)夕刊記事の特集記事「どう稼ぎますか?「県産振計画」に聞く」の第1回目の記事について記録を兼ねて書かれた内容である。

 要旨をまとめてみた。

高知県の工業出荷額がビリから2番目であることを嘆くことはない。最下位で結構だ。お決まりの企業(工場)誘致で県政浮揚というスタンスには大いに疑問。利益を外部に持っていかれるだけで、わずかな労働報酬と固定資産税しか地元に還元されず恩恵は少ない。大手量販店の進出も同じ構造。もともと高知に工業が根付く文化がなく、優位性に乏しい。不得意なもので頑張っても上手くいかない。高知は、農林漁業で地域的な優位性を持ち、それと一体となって工業文化が生まれた。地域学的優位性と地域文化を、再点検し、「伝統的工業技術」と「先進科学技術」を融合させて産業創出を図り、それが全国、世界に通用するなら積極的に外部進出を図るべきだ。「本当の評価額」は、工業の「内容」にこそある。全国一環境に配慮している高知県の工業と誇れるようにしていきたい。

 精読しての感想であるが、今後高知県が進むべき方向性を明確に示していると思う。大変、含蓄のある内容であり、大いに考えさせられた。

 高知県の工業生産額は極めて低いのはまぎれもない事実だ。実際に、大工業地帯と呼べうるような地域が存在しないことからみても明白である。それを多くの人は、経済発展の遅れだと言う。だからこそ企業(工場)誘致ということになるのだろう。

 私も、今でこそそうは思わないが、中学校のころなんかは、「高知は(社会の教科書に出てくるような)コンビナートもない遅れた場所だ。そんなんもないとは情けない。都会のように工場を増やすべきだ。」と、大真面目に思っていた。まあ、あの手の工場でガキの目からしたらかっこよく見えるものではあるが…。

 話がそれた。北村さんは、県工業会会長という立場ながら最下位で結構って言い放っているのである。そこには、よほどの洞察と信念があるのだと読み取れる。高知がどういうところかということを本質的に理解していないとそういう答えは絶対に出てこないだろう。

 もはや企業を誘致して県政浮揚、雇用創出とかいう時代ではないのは明白だ。企業も余裕がないなか、こんな不利な条件のオンパレードの地にやってくるだろうか?来ても利益をごっそり持っていかれ、未来永劫そこで操業を続ける保証もない。レポートの中にも、「高知でなくてもいいことは競争にさらされ大きな発展は望めない」とあるがまさにその通りだろう。余談だが、どうせ呼ぶなら工場や末端部でなく本社機能こそ誘致を目標にすべきであろう。そうなるには、「高知に本社があることのステータス」を創出しなけらばいけないので、高知の本質的価値を高めることと同義であるからだ。

 地域文化に根付いた産業を育てて高知県の発展につなげていくということは、私もかねがね考えてきたことなので、自分なりの考えも述べていこう。

 今となっては到底信じられないが、高知県で農林漁業の発展と一体となって様々な工業製品を生み出していたことは驚愕に値する。例えば漁業関連製品は、戦前期に、漁船本体のみならず、ラーンホイラー、捕鯨砲、焼玉エンジンなどが開発された。農業や林業関連でも、高知で生まれ全国へ広がっていった技術が多数存在する。

 高知の今後の産業創出において、原点をきちんと見直す時期にきているのは間違いないだろう。やはり、高知の土台は、農林漁業が基礎になっている。北村さんの意見と同様に、特に林業の可能性に着目したい。森林面積率日本一の県であり、工業とも結びつきが強いだけに大きな可能性がある。それこそ、生産から加工までの仕組みを構築し優れた製品を生み出せれば、高知県経済に新たな希望が見出せると思う。

 家具、インテリア分野では、高知の豊富な木材資源などを活用して、それこそ世界で通用する「高知独自のブランド」を生み出すことができるのではないだろうか。北欧ブランドとも肩を並べることも決して夢ではないと思う。

 建築分野だって、高知独自の資源や伝統様式を活かしつつ、先進技術も活用すれば、地域性のある風土景観が復活するし、新たな雇用も生まれ、地域内での自立にもつながる。地域性を無視した建築物がはびこる時代はすでに終わった。高知こそ新たな時代のトップバッターを切れる有利な条件を持っていると思う。

 何の変哲もない画一化された工業製品とは一線を画した、産出された地域の特色が感じられ、愛着を持って末永くつきあえる、そんな製品が望まれる。

 それは北村さんの言及している、「全国一の環境優良製品創出県」であり「全国一の環境配慮型生産方式」を実践していると誇れる工業界の実現とも全く矛盾しない。人にも環境にも優しい本物の文化を創出する産業へと育ってほしいものである。

(その2へ続く)

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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ブログに過剰に期待してしまうのも無理はない?

 minor tranquilizer blog限界論:期待しすぎると失望も大きいよね

 ここに書かれていること、大いに同感です。全くといっていいほど同じ考えを私もしておりましたので、この記事を見つけて大いに驚いております。

 記事内に書かれているように、

社会の大きな変革に自分も関わりたいという気持ちが強い人ほど、そう思わせる新たなツールが出現すると期待過剰になり、それが社会の変革など起こしえないと知ると、大きく落胆する。

 実は私も、新しいことを始めるにあたって、かなり過剰な期待をしてしまうタイプでして、期待通りにいかずに何度もがっかりした記憶があるだけに、この文章には大いに共感しているところです。

 正直いうとブログの開設当初から大いなる期待をしすぎていた節はあります。

 インターネットは世界中につながっており、日本語で書いているということを差し引いても、多くの人に読んでもらえる可能性は大きいです。それは間違いないでしょう。今までは、直接人と会う以外に、情報を伝えたり人脈をつくったりということはできなかったわけですから、不特定多数に情報を休みなく発信できるツールを手に入れるということは確かに革命的な出来事ではあるわけです。コメントやメール通じて、作者⇒読者だけでなく、読者⇒作者の双方向の伝達も容易なわけで、もうこうなると過剰に期待をするのも当然といえるでしょう。何から何まで画期的なわけですから。

 私でもさすがに、ブログごときですぐに社会の変革ができるなどとは期待してはいないので、その点で落胆することは全くないのですが、新たな出会いや自分に情報が入って来るという面では過剰に期待して思い通りにいかずに落胆してしまう傾向があるようです。

 前にも書きましたけど、このブログを始めたきっかけは「つくば自転車活用プロジェクト」の経過を伝えるためでして、やはり手軽に広く伝えることができるメディアはブログしかないという判断でした。そこに、過剰な期待が出てしまって、他の団体ともネットワークが広げることができるとか、思いがけない情報を教えてくださったり、是非話を聞きたいとコンタクトを求めて来る人が出てくるとか、そのような期待感が大きかったように思えます。一言で言うと、「ブログで活動に大きな進歩があるはずだ」という感じです。

 また、それに平行して、各種の自転車に関する話題も書いていたのは、「はやく私も自転車言論者の一人として一人前に活躍できるようになりたい」という思いからでした。ブログ記事を書くことによって、その分野の方々ともっと交流が生まれるのではないか、いろいろ情報が入ってくるのではないかという期待感が強かったのです。

 確かに多少の出会いはありましたけど、そこから大きくステップアップしたということはなく期待はずれ感が強く、一時期ブログを書く気が全く失せましたね。それが最初にぶちあたった「ブログ限界感」だったのでしょう。

 次は、現在も連載を続けている「高知から持続可能な交通を実現する」ですが、今後どうなるか分かりませんが、今のところは苦戦を強いられていますね。書き始めた当初は、前回の屈辱もあって「今度こそっ!」っていう思いが強かったです。正直なところ、熱心に読んで熱い意見を言ってくださったり、思いがけない情報をもたらしてくれたり、交流が拡がっていったり、とそういうことがあればもっと面白くなるのですが…。ある人から聞いた話によると、「その筋の方々は、結構あなたのブログを読んでいますよ」っていうことでしたので、読まれるという面では成功しているだけ良しとしようか。

 確かに、アクセス数は増えたし、検索エンジンを通していろんな人が見に来ています。だからこそ、思いがけない出会いや思いがけない情報が入ってきたりと、そう期待したくなるのですが、なかなか難しいようですね。見て読むという段階までは来ても、そこからコメントを入れたりメールをしたりという段階との間には、とてつもなく大きなハードルが立ちはだかっているということでしょうか。下記リンクのように、発展できれば理想なのですが…。

 ブログで仕事が増えた! 世界が広がった!

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レンタサイクルを交通システムとして機能させるには(その2)

レンタサイクルは大きな可能性がある。が、しかし成功例は極めて少ないそうだ。通常のやり方では採算性を確保するのが厳しい、儲からないとか。考えてみてもサービスを向上(利用時間の拡大)させようと思えば、経費がかかり黒字化が難しく、採算にこだわりすぎるとサービスが限られ、広く普及するには至らない。貸し出し、返却の無人化、自動化も簡単ではない。自動化できない以上、主要駅などのみに限られ、増設することも困難だ。机上の空論の時点で理想のレンタサイクルを実現するのは難しい。大いなる難問である。

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(土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線安芸駅のレンタサイクル)

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(同じく安芸駅売店のレンタサイクル受付所)

でも、理想のレンタサイクルは実現できないかという一種の思考実験も兼ねて書いてみる。あくまでも、これから述べるのは理想論だ。実現には課題が多いのは誰が見ても明らかであるが、それに近づけるにはどういう手順でやるべきかということをまず議論したい。

IT技術を駆使した、特にICカードを活用したレンタサイクルシステムが構築できないものか?それが普及促進の大きなポイントになると考えている。すでに、鉄道やバスなどの公共交通ではICカードがかなり普及している。それをレンタサイクルにも取り込まない手はない。

基本的なシステムはこうだ。まず、「レンタサイクルICカード」を作成する。もちろん、それで鉄道やバスも利用できる。つまり、SUICAやICOCCAなどの既存のICカードに、レンタサイクル向けの情報(個人登録)を追加するわけだ。

貸し出す時は、ICカードをリーダーにかざして、ラックのロックを開錠。自転車を利用者が引き出す。返却時も、空いているラックに入れ、同じくリーダーにカードをかざしてロックして利用時間に応じた料金を精算する。

そうすると、無人化が難しかったレンタサイクルでも無人化、自動化によるサイクルポートの拡充、利用可能時間の拡大への道が開かれるのではないかと考える。小さい駅でも設置可能になる。それに、借りたポートとは違うポートで返却可能という相互利用に関しても敷居がぐっと低くなろう。

また、現在のレンタサイクルは、観光やビジネス向けの一時利用は、時間によるきめ細かい設定は難しく、1日いくらという形になっている。それでは、短時間だと利用者側として割高に感じてしまうし、運営側にしてみても一日中借りられても料金が同じだと、採算面からしてあまり望ましくない。それが、IOカードだと利用時間に応じた設定が可能になる。例えば、30分までは100円、2時間までは200円、それ以後は30分ごとに50円課金するが、1日の上限は1200円までで、24時間以内に返却すればそれ以上は課金しないというような細かい設定が可能になろう。

運営側も、自転車の状況がリアルタイルで把握できるメリットがある。どこのポートに現在自転車が何台あるかはもちろん、1台1台の自転車についての故障・整備記録なども一括管理することが可能になる。

もちろん、究極的には日本全国統一のシステムにすべきだと考える。1枚のカードを作れば、全国どこでも利用可能となれば、レンタサイクルも非常に身近になり、認知度が上がる。交通インフラとしての確固たる地位を確立できよう。

加えて、用意する自転車であるが、従来ありがちなフツーのママチャリでは、はっきり言って全然望ましくない。それでは、自転車文化も根付かないし、自転車を取り巻く状況が改善するとも思えない。せっかくICカードを活用しても真にレンタサイクルが成功するとは思えない。誰もが快適に気持ちよく利用できる水準が求めらる。具体的には、8万円程度のクロスバイク並の性能、快適性はほしいところだ。そこから、本来の自転車という認識が高まれば、ママチャリ一辺倒の自転車文化から脱却への道が開けると思う。

また、大量の自転車を管理するため、耐久性がありかつ整備性も高い設計にする必要があろう。利用時のトラブル遭遇率を最低限に抑え、なおかつ部品の交換も迅速に可能にしたい。そうなると専用設計の自転車を製作、配置することになるが、それは海外勢力の安物自転車に押され気味だった日本の自転車メーカーにとって大量受注は朗報かも。

こうやって書きながらも、「そんなのどうやって構築して運営するんだよ?」と思える要因は山積だ。利用時におけるパンクなどのトラブル時にはどう対応するか、もし盗難にあった場合、ポートの自転車に落書きなどいたずらされた場合、自転車があるポートに偏ってしまったときの移送、自転車の整備基準はどうするか、整備員にどこまでのスキルを身につけさせるかという、基本的な問題から、そもそも採算性は確保できるかなどの根幹にかかわる問題まで対処していかなければならない。最初に書いたように難問の山だ。一筋縄ではいかない。

それでも、レンタサイクルシステムは大きな可能性を持っており、そのシステムを構築するのは社会的な有用性は絶対にあるという信念があるので、もう少し続けて書く。これは本気の中の本気で書いている。

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レンタサイクルを交通システムとして機能させるには(その1)

自転車の積極的活用をする方法としてレンタサイクルがある。日本において自転車文化を根付かせるには、走行空間の整備やママチャリ一辺倒の状況から脱出を図るとともに、レンタサイクルを交通システムとして機能させることが大きな鍵を握るのは間違いない。

レンタサイクルは、観光地などに用意されていることも多いが、現状では交通インフラとして活用という側面においては全く不十分だ。はっきりいってしまえば、一部の例外を除き用事になるというレベルにすら達していない。
  
Rentabicycle
つくば市レンタサイクル

現状での問題点を書いていこう。ちなみに、無記名乗り捨ての共有自転車についてははなから論外なので省略する。

一つには、運営している主体がバラバラで連携がとれていないこと。自治体直営、観光協会、旅館、道の駅、地元のNPOなど様々にわたる。そのためか、情報の共有が図られず、どこにレンタサイクルが用意されているかということもなかなか認知されていない。

二つ目に、たいていは利用時間が極めて限られていることだ。阪急レンタサイクルのように朝6時半から夜11時半まで利用可能なのは極めて例外の部類に属し、たいていは、午前9時ごろから午後5時6時までというのが多い。それでは、きわめて限定的にしか使い物にならない。夜7時頃に駅に来て、自転車使ってちょっと用事を済ませて9時ごろ帰るなんて活用方法は不可能だ。タクシーという選択肢もあろうが、割高で非経済的だ。

しかし、レンタサイクルはその性質上、無人化、自動化が難しく、人件費の兼ね合いで難しい面ではある。阪急レンタサイクルも始発から終電までは、さすがに厳しいそうだ。 そうなると24時間体制になって、利用料金に跳ね返ってくるからそうである。

三つ目に、借りるたびに毎回、身分証を提示して記入用紙に書かされる場合が多い。利用者カードが作れてもたいていは1~数箇所でしか使えず、隣りの市でレンタサイクルを展開していても、たまたま用事で訪れて使おうと思ったら、新たに手続きが必要になる。それでは、気軽に使えない。また、貸し出し、返却とも自転車の出し入れに時間がかかることも多い。係員が倉庫から持ってくるのに、かなり待たされた経験がある。

四つ目が、運営主体がバラバラであるゆえに利用料金もまちまちである。観光地などで多い無料から、1日00円、600円、1000円などと全く一定でない。ただ、この場合は適材適所なので簡単にどれがいいとは言えない。

五つ目が、自転車の品質、整備状態。たいていは、ママチャリだ。それが乗ってみて酷い目に遭うことがよくある。変速機がないは、整備状態が悪くはで、乗っててかなりかったるい思いをする。

要するに、レンタサイクルを観光協会などがただ用意しているだけであって、それを上手に機能させるということを欠いていることが原因だと思っている。

日本の自転車政策全般に言えることだが、「自転車のことをよく知らない人々が自転車のことを取り扱っている」ということが、レンタサイクル一つとっても顕著化している。

そういうことで、どういうレンタサイクルシステムを構築すればいいか、次のエントリに続く。

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高知からクルマ依存社会を問い直す(85) 「ICカード導入のチャンスを最大限活かせ」

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(発売開始を伝えるポスター)

 前回の記事でも取り上げたICカード導入についてであるが、検索してみたらいろいろと上がっていた。それについて少し紹介しよう。

 今日までそして明日から 地方公共交通機関とICカード

 やはりと言うか、知名度の低さとPR不足について強調されている。記事にあるように、この期に及んで大々的にPRしない理由が全く分からない。当事者は、本当に普及させたいと考えているかということすら疑ってしまう。

 伊予鉄でも導入当初は、相当な混乱があったそうだ。遅延の原因にもなったとか。周知の行き届いていない高知ではそれ以上の混乱が予想される。特に、そういうことに不慣れな高齢者に浸透するには時間がかかるだろう。高齢者に限らず、降車時に残額不足っていう混乱が多発しそうだ。

 また、商店街で精算に利用可能になるということだが、5年後というのは遅すぎる。本気で普及させるつもりがあるのかこれ一つとっても疑わしくなってきた…。

 田舎ワンダリング 渡辺瑠海 official blog 「ですか」ですか?

 記事中に「ちなみにカードで使う料金はICチャージャーを使って補充するんだけど、これをどこに設置するつもりなのだろう???」とあるけど、私も最も疑問に思っていたのはまさにこれ。本当にどこに設置するつもり?必要なときにすぐチャージできないと全然役に立たないのだが…。

 まさかすべての電停・バス停にチャージ機を置くとも思えないので、車内でチャージできるようにするのかもしれない。とりあえずは、それが最も望ましいと思う。

 はこだての路面電車 高知の路面電車が2009年よりICカードを導入

 他のカードと相互利用できることを少しは期待していたものの、やはりというか完全に独自仕様で他のカードは使えないようだ。高知でICカードを使って公共交通を利用するならば、わざわざ「ですか」を購入しなければいけないわけである。SUICAやICOCCAを持っているならそれが使えればいいのだが…。カードが増えても煩雑なだけだ。特に、観光やビジネスなどで高知に来た人が手持ちのカードで利用できるとなれば、非常に便利であるし増収にもつながると思う。JR四国も導入予定でその時に四国内のカードは共通化されるので、その点は解消されるだろう。

 それにしても、各地域にICカードが乱立しすぎ。今後の普及にしたがって整理すべきだろう。そうなれば「ですか」は真っ先に廃止(新規発行停止)の対象になるだろうけど。

 さて、カードを利用することによるメリットが重要であるが、それが上手く伝わらない限りさほどの普及も見込めないだろう。正直、小銭を用意する必要がなくなる以外に目玉となるメリットが果たしてあるのかと思ってはいたが、一つだけあった。

 バスについて市内均一区間は1日上限500円というのは大いに評価したい。これについてはよくやったと言いたい。要するに市内区間の1日乗車券を導入することと同じなわけであるから、気軽に何度もバスに乗れる。3回の利用で元がとれる。しかも、土佐電と県交通共通だ。これは革命的なことだと言ってもいい。

 しかし、なぜ路面電車は対象外なのだろうか?その点について腑に落ちない。電車も市内区間500円の一日乗車券を発行しているのだから、電車・バス共通で一日500円で市内区間利用可にすればいいのにと思う。それなら、大幅に利便性が向上するので、強力な普及の目玉になるのに、腑に落ちない。

 あと疑問なのは、均一区間外にまたがって利用した場合はどうなるかということだ。例えば、安芸線バスで夜須から乗ってはりまや橋で下車。そこからイオン線に乗ってイオン高知へ行き、帰りはその逆の経路で夜須まで利用した場合、安芸線バスの市内部分は、どう計算されるのだろうか?今度、質問してみるつもりだ。

 また、市内区間の範囲についてだが、正確に知っている人はほとんどいないだろう。私もバスについては正確には知らない。それを利用者に認知させるのも課題だ。

 残り二つの特典は、かなり中途半端であまりアピール材料にならないだろう。なんかみみっちいというかケチくさく感じる。

 「毎月20日のノーマイカーデーでは10%割引」なんか気休めみたいなものだ。毎月たった1日だけ1割引でわざわざ公共交通を使おうという気になるだろうか。やるならやるで、「土休日は大人も半額!」ぐらいにすべきだと思う。

 また、「5%のポイント付与」も1割引の回数券からすれば割引率は後退している。伊予鉄のICカードは、1割引なのでかなり普及しているようだが、思い切って常時2割引(ポイントでなくその場で2割引にすべき)くらいがICカード普及&公共交通利用大幅促進の上で望ましいのではないだろうか。

 最後に、今回の件でもそうだが、高知の公共交通は、利用者(潜在的に利用者となる人々も含む)へのPRについて決定的に欠けている。だから常連さん以外には、よく分からないダイヤや仕組みが平然とまかり通っている。この機会に、せめて高知から持続可能な交通を実現する(60)に書いた『高知県公共交通総合ガイドブック』を作成するなどして啓発を図っていく必要があろう。

〔高知からクルマ依存社会を問い直す一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(84) 「ICカード「ですか」にとりあえず期待」

 来月1月25日から、土佐電鉄、土佐電ドリームサービス、高知県交通、県交北部交通共通で、待ちに待ったICカード「ですか」が導入される。管理人も、路面電車に読取装置が設置されているのを確認している。(11月30日~12月5日帰省していた)

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(予約受付開始のポスター 拡大可)

 結論から言うとこれは高知の公共交通において久々に明るい話題だと思っている。(一方でよさこいいきいきフリーパスが廃止されるが…)  とりあえずは期待ということだが、果たしてどれだけ普及するのやらと心配にもなる。

 下記のブログ記事によると、

 土佐電気鉄道と高知県交通、ICカード「ですか」2009年1月25日サービス開始も認知度はたった25%

 利用開始3ヶ月前の時点での認知度はたった25%…。1ヶ月後に迫ったが現時点でもそれほど認知されているとは思えない。これで大丈夫だろうかとちょっと心配になる。それだけ、高知の公共交通というものが、サービスレベルが年々低下してきた結果、住民から縁遠い存在になってしまったということを端的にあらわしているとも言えよう。

 それにしても、アピール活動が十分でない。電停やバス停にはポスター等が貼られているものの、土佐電鉄、高知県交通、高知県企画部交通政策課、どのホームページにもICカードの情報が記載されていなのである。新聞やテレビで広告するのは費用がかかるのでそこまでやれとは言わないが、ホームページ上ではしっかりPRをするべきではないだろうか。

 十分PRして普及促進すれば、突破口の見えない高知の公共交通事情も好転する可能性はないわけではない。とりあえずは導入に期待ということだが、いろいろと疑問点がないわけではない。次のエントリでそれについて述べていく。

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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郊外バイパス道路で自転車走行空間はどう整備すべきか?

 疋田氏のママチャリについての扱いでちょっとだけ疑問点もあるにくわえて、疋田智氏の主張でこれまでほとんど取り上げられていなかった部分がもう一点ある。

 郊外バイパス道路での自転車通行に関してである。

 疋田氏はおおまかなところ、「自転車がその交通機能を最大限に発揮するためにも、事故を減らすためにも、歩行者という交通弱者を脅威に晒さないためにも、自転車は車道左端を走行すべきで、それを支援するような道路空間に再構築すべき。」と書かれている。

 私もそれ自体に異論はない。市街地内では、歩行者も自転車も多く歩道が両者でごった返していることが多い。ただでさえ狭い歩道に、電柱や障害物や駐輪していある自転車がさらに狭くしていて、そこを歩行者と自転車が双方向に行きかう。これでは、歩行者、自転車ともに快適に利用できない。生垣など、死角になるものを多く出会い頭の事故を誘引する条件も多い。

 ある一定の規模以上の市街地内では、早急に自転車通行を歩道から車道に切り替えていく必要があると思う。車道と歩道の区別がある道路では、まず幹線道路の一歩裏の両側2車線の道路から徹底すべきだろう。車もそれほどスピードを出さないので特に専用レーンなど設置しなくても両者は共存可能だと思う。大通り(幹線道路)はすぐには厳しいが、順次、バスレーンと共用するなどとして歩道から降ろすようにしたらよい。

 問題は、タイトルの通り郊外バイパス道路ではどう走るべきか?どう走行空間を整備すべきか?ということ。これに関して、これまでの疋田氏の著作では全く言及されていない。

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(※拡大可能です)

 写真の道路は、高知市高須の国道55号南国バイパスである。高知では最初期に造られたバイパス道路だ。

 さて、ここで車道走行するのは、私でも凄まじい恐怖を味わうことになる。ママチャリではもちろん、ヘルメットを被ってロードバイクやクロスバイクに乗っても相当に怖いというか、強気で車道走行を続けられない。市街地内の大通りと違い車は猛スピードで右側をビュンビュン通り過ぎていく。50km/h制限だが、多くの車は60~70km/hで走っている。追突されたら即死してもおかしくない。

 市街地内では、マイカー利用削減を前提で、公共交通の再建と合わせて、片側を専用レーンにするなりバスレーンとの共用レーンにするなりすればいいのだが、バイパス道路はあくまでも「バイパス的役割」だから車線削減は厳しい。新しいバイパス道路は、車線と歩道の間に幅1mほどスペースがあったり、歩道も広く確保したりして余裕があるが、写真のような古いバイパス道路は、ギリギリの設計だ。現実に車道を走るのは危険極まりない。また車線自体も狭い。用地買収して拡幅するような財政的余裕もないので新たに自転車レーンを設置することも不可能だ。

 いかに自転車が本来の車両に回帰しても、このような道路で車道走行するのは、ちょっと厳しいのではないだろうかと思う。とりあえずは歩道通行でもいいのではないか。歩行者もほとんどいないし、街路樹もないので、死角も少ない。(この写真では)舗装状態も比較的いいので、それなりに快適に走れる。ただ、商業施設等に出入りする車に注意する必要はある。いわば歩道が「事実上の自転車レーン」と化しているわけだ。

 なので、左側通行の徹底(対面通行をやめる)と、歩行者がいる場合のみ減速して通過するということで、自転車の通行空間としてもいいのではないだろうか。

 筆者の場合であるが、夜須から高知市内へ自転車で行く場合は、大部分は赤岡からずっとこのバイパス道路を走っている。左側の歩道を通行し、巡航速度は25~30km/hほどで、歩行者の側を過ぎる場合には10km/h程度まで減速し注意して走る。対面通行の自転車がやって来た場合は、こちらが前もって端によって相手の進路を開ける。追い越す場合は臨機応変にするが、自転車相手には減速は基本的にしない。

 歩道暴走行為だと指摘されるかもしれないが、歩行者もほとんどいないのだからそう目くじら立てないでいただきたい。歩行者が多くなる葛島以西では、ずっとペースは落としているし、速く走りたい場合はそこでは車道に降りるようにしている。

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201系は旧国鉄の最高傑作!

ついこの間まで中央線の主力だった201系電車。

旧国鉄では、新幹線100系とともに最高傑作だと思いますね。

以下は、youtubeにあった201系の動画です。

さようなら、中央線201系

sakusaku 中央線旧車両に捧げるうた

中央線PV的な?

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疋田氏のママチャリについての扱いでちょっとだけ疑問点もある

先ほどの記事書籍紹介(23)『自転車の安全鉄則』の内容に絡めてだが、疋田氏の主張は大部分はすごく論理的で的を得ているのだけれど、私として疑問点がある部分もある。

前から気になってはいたが、ママチャリのことについて。

疋田氏は、

「ママチャリは、歩道も通行可とするゆがんだ日本の交通行政が生んだシロモノ。短距離で低速運用に特化した世界的にも特殊な自転車が大部分を占めるようになった。上手いこと道路環境には適合したものの、スピードと航続距離を犠牲にしてしまった。そのため、さらには乗り手の意識も歩行者感覚になり、長い間に自転車の都市交通としての有用性その他もろもろの可能性も大幅にスポイルされてしまった。」

と、大まかなところいたるところで述べてきている。

これ自体には全く異論はないが、疑問に思うのは「どこまでをママチャリに含めるか?」である。他の著作も含めた疋田氏の記述では「スポーツ系自転車以外の巷に普及している一般の自転車」ということであろうがそこがどうもひっかるのだ。

そういう一般型自転車でも、大まかに2タイプに大別可能だ。

まずは、いかにもママチャリですという雰囲気の下の写真のような買い物用自転車。トップチューブとダウンチューブが湾曲しており、ハンドルも手前に曲がっている、スタンドは両足タイプで荷台やスカートガードも標準装備、変速装置はないというのが大まかなスペックである、いかにもママさんのお買物自転車だ。

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確かにこれで長い距離を移動するのは非常にしんどい。私だって1km乗っただけでもう勘弁だ。このタイプは間違いなく低速・短距離で歩道走行に特化したママチャリである。

これは、私も完全に「ママチャリ」として定義している。

次に、よく中高生が通学で使用しているタイプのやつ。チューブは真っ直ぐで、ハンドルはバーハンドルに近い形状、スタンドは片足で荷台は装備されず、内装3段の変速装置を持っている場合も多い。ポジショニングもやや前傾姿勢となる。

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私としてはこちらをママチャリに含めるのにかなりの違和感を覚えるのである。実際に、出身の高知県ではご近所での使用にとどまらず25km先の場所までもよく走っていたし、クロスバイクを持っている今でも時々中距離に使ったりする。25~30km/h程度で充分走行可能だし(ただ、クロスバイクよりは加速は悪い)、それなりに快適だ。写真の自転車は私のものだが、実際とくに無理して速度を上げているという感じは全くない。意外や意外、結構落ち着いた走りを披露してくれるのである。

それどころか、これで1日に100km以上のツーリングをしたり山岳地帯に進出したりすることもあるくらい。写真の場所はまさに山の中だね。

買い物用タイプとは雲泥の差である。

ただし、ポジショニングや整備状態がきちんとしてないと、やはり長距離走行はきついし、車種によって結構、乗り味やその他の面で当たり外れが大きかったりするのは事実ではあるが…。

また、私が中高生だった時には、両者の自転車は明確に区別して認識していたという面もある。同級生の間でも、お買物タイプを「ママチャリ」(「オバチャリ」とも言った)と呼び、通学タイプは特に呼称はなく「フツーの自転車」として扱っていた。ロードバイクやクロスバイクが全く身近に存在しない中では(ガキんちょMTBに乗っている同級生はいた)、両者は明らかに別物だったのだ。

ゆえにこのタイプは「シティサイクル」と呼んでママチャリとは区別している。

歩道を主に走るという面ではママチャリカテゴリーだが、本当のところどう扱ったらよいものだろうか?

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書籍紹介(23) 『自転車の安全鉄則』

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大変読みやすく、最初から最後まで一気に読破した。

これまで疋田氏が主張してきたことの集大成と言ってもいい内容である。

・日本の自転車事情の不可解さ
・なぜ左側通行でなければいけないのか?
・なぜ歩道通行はダメで車道通行でないといけないのか?
・矛盾だらけの道交法
・昨今増殖する使い勝手が悪く危険な欠陥自転車レーン
・自転車に乗らない人の自転車発言は不毛かつ迷惑
・3人乗り問題とその解決策
・今後、取り組むべき施策の優先度

などについて非常に分かりやすく書かれている。

これは是非とも一人でも多くの人が読むべきだ。
特に、どっぷりと車社会に浸った地方部の方々こそ読んでいただきたい。自転車ももっと使えるよということに気づくためにも。

私見だが、「車がないと生活できない」という思い込みを超える地方こそ、次世代には最も繁栄し豊かな地域社会を実現できる。そこには、自転車的なる精神が生まれてくるのは必至だと思う。

私は私で「地方都市の自転車生活 車社会を乗り越えて」を大至急完成させねば…。

『自転車の安全鉄則』(疋田智 朝日新書 2008年11月)
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高知から持続可能な交通を実現する(83) 「何かいい方法はないか?アーケード内自転車通行対策」

 かなり以前、このような記事を書いた。

 減らぬアーケード街を走る自転車 自転車の歩道通行解禁問題(5)

 2006年末から2007年初頭にかけて大問題となっていた、自転車についての道交法改正法案騒ぎに関連した内容ではあるが、アーケード通行問題について取りげた。

 相変わらずだが、帯屋町のアーケード街を走る自転車は後を絶たない。しかも女子高生どもは、平気でくっちゃべりながら併走しているし…。

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(アーケード内を自転車で併走する女子高生?たち)

 この行為は、歩行者にとっては極めて不愉快であるし、接触したら怪我をする可能性も大きい。このことも中心市街地の価値を下げていると考えられなくもない。子供づれや高齢者だと後から迫ってくる自転車に神経を使うだろう。自転車が屋内に入ってこないショッピングモールの方がよっぽど歩行環境はよい。それもSCが流行る理由でもある。こういうところは中心街も見習うべきだ。

 おそらく通行禁止を知らない人はいないだろう。あれだけ看板もあれば、アナウンスも流している。時々、注意もしている。でも、いつになって通行する自転車は無くならない。

 みんなが「誰もがやっている」、「注意されれば降りればいい」という意識になっている。もはや取り締まってもその場限りだ。かつては、人通りも多く自転車で走るのはそもそも困難であったし、何より明らかに迷惑行為だった。中心市街地が空洞化した今は、人通りが減ったので皮肉なことに自転車で走りやすくなってしまった。それが余計に自転車の通行を助長させていると思う。しかし、前述のように明らかにマズイ。安心して歩ける商店街であるべきだ。

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(いいオジサンまで…)

 何か即効で撲滅するいい方法はないだろうか?と考えてみてもなかなかいい方法は思い浮かばない。困ったことに…。

 それでも無理やり考えてみた。要するに自転車に乗って走れないようにしたらよい。ベンチなどの障害物を自転車が真っ直ぐ走れないように配置したら随分減らすことはできそうだ。真っ直ぐは歩けるけど自転車で真っ直ぐには走れないというような配置が望ましい。それだと、いやでも押して歩くかおびさんロードや柳町に回るしかない。

 ただ問題は、指定時間外だ。荷捌きの自動車も入ってくるのでしまっておく必要がある。午前11時になったらベンチを出し、午後7時になったらしまう。それでいいのだが、それをどこに置いておくか検討する必要がある。

 もっといい方法はないものだろうか?いい方法があったら教えて!

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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最古参自転車、40年現役を続けられるか?

 以前書いた記事、「最古参自転車11年目に突入!」で、私が管理している自転車で最も古いGATEWAYは購入から11年目に突入したと書いた。

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(現役最古参自転車ゲートウエイ 2008年3月撮影 ※拡大可能)

 購入当初から小まめに手入れはしていたし、その後には長期使用を前提にすることになったので、状態は非常に良好である。ただ、実家の高知にあって稼働率がそれほどでもないというのもあるけど…。

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(ゲートウエイのハンドルまわり ※拡大可能)

 バカにされるかも知れないがはっきりと言おう。40年は現役で使用したいと思っている。まだ、達成まで29年もありそこまで持つかどうかは分からないが、それを目指していく。

 いえ、なぜ40年かっていう問いに答えよう。これはもろ電車の影響である。まず最初、中学生の当時、土佐電鉄の路面電車で40年以上も現役を続けている車両があることを知ってえらい感動した。それも大量に。車内の履歴書にも「40代の働き盛りです」って書かれてあるのも誇らしげだったし。同時に、そこらへんの建築物よりも機械である車両の方が長くもつという事実に驚いたし、自動車にしても何にしても、まだまだ使えるのにすぐ使い捨てにする風潮を疑問に感じるようになる。

 その後には、土電以外にもキハ58系、103系、113系、東武8000系、阪急2300系、被爆電車650形など、挙げるとキリがないが、30年を超えても現役で運用につく車両を知るようになった。もともと鉄道車両の寿命は長いと知ってはいたが、実際にこうやって長い間運用され車両そのものが歴史を持っていることは、いろいろ考えさせられる。そういう車両に乗ると「いろんな時代を超えて活躍してきたんだなぁ、多くの人を運んできたんだなぁ、それが今もこうやって動いているのはすごいなぁ・・・」っと思いをめぐらせるのである。

 まあ、至極単純であるが、私の自転車も時代を超えて走らせようという発想に至る。電車と同じように40代の働き盛りにしようということで。使い捨て社会へのアンチテーゼも生じた。最初は、1992年に購入したくろちゃりで達成しようとしていた。小学4年生から大学1年までかれこれ11年活躍したが、長年の無理な酷使や無謀な実験などもあってさすがに末期は老朽化に勝てず引退。挙句の果てにゴミかと思われて処分されてしまったし…。

 仕方がないので、そのくろチャリの後継にあたるGATEWAYに目標を変える。くろちゃりよりは5年若い。こちらはそれほど酷使されておらず、無謀な走行実験や改造試験などはすべてくろチャリに実験台になってもらい、その結果を踏まえて丁寧に乗っているので、いまでも非常に良好である。

 ただ、それでも細かい部品を中心に老朽化した部分も目だってきたので、2004年3月には大幅なリニューアル工事を施した。フレームの再塗装を始め、ブレーキワイヤー・ブレーキレバー・シフトレバー・スタンド・サドル・後輪錠の交換など結構気合の入った改造内容になった。2008年1月には塗装のみ手直しした。

 そのリニューアル改造を施すという発想も、実は電車の影響だ。土電の201~205号の大規模改造を始め、JR西日本の103系や115系のN40改造やJR四国の113系の車内外大幅リニューアル、JR東日本の200系新幹線や485系の大幅リニューアル、東武8000系の顔面整形(!)などに影響された。

 古い車両であっても、近代的な装いになった姿を見て、実際に乗って感動するわけだ。そういう中で、最も気合が入っているのは東京メトロ6000系だと思っている。車内リニューアルだけでなく、制御装置も交換され、40年近く経過しても第一線でバリバリ活躍している姿はなんとも頼もしく見えるものだ。もちろん、鉄道車両だけでなく、建物のリフォームだってすごく興味深い。まあ、話はそれたけど…。

 自分の自転車も輝きを取り戻そうということでリニューアルを施した。もっとも、いろいろと走行上問題も出ていた(改造前はタイヤはちびていつパンクするやらだし、ブレーキはまともにきかない…という状態だった)ので、直す必要に迫られていたのではあるが。それに腐食対策もしたかったし。結果、見違えるくらいに走りがよくなり安心して乗れるようになった。ギヤやホイールなどは全くそのままなのに不思議なものである。

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(ゲートウエイのサドル 2005年に交換 ※拡大可能)

 40年使えるかどうかはともかくとして、丁寧に使ってできるだけ長い間乗るつもりだ。稼働率はそれほどでないので20年は確実にいけるだろう。その後継にあたるラクッションもすでに9年目。こちらは、タイヤとブレーキホースを交換したくらいで大掛かりな修繕は施していないが状態は良好である。もともとの塗装もしっかりしてたし、ステンレス部品を多用しているの塗り替えの必要がないことが大きい。

 高級な自転車はカネを積めば手に入るが、20年間使ってきた自転車は実際に20年間熟成させないと決して手に入らない。それも、宝物のようにしまっておくのではなく、適度に使ってこそナンボである。ただ使い放しですぐにゴミになる消費文化から脱却し、いいものをメンテナンスしながら長く使う文化を築いていくべきである。そういう社会を実現しうるための挑戦でもある。

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ロードバイクばかりがクローズアップされる不可解な自転車ブーム

 昨今、自転車ブームではあるのだが、それ自体は悪いことでも何でもない。むしろ、健康や環境志向が高まってきている結果でもあるので好ましいことだ。やっと自転車が注目される時代が来たかと思うと私も嬉しいのではあるが…。

 しかし、種類が爆発的に増えた自転車雑誌を見れば分かるのだが、誌面に登場してくるのはロードバイクばかりである。本格的なレースやロングライド志向の雑誌でない、軽いノリの雑誌ですらロードバイクばかりで占められている。

 時代はロードバイクだ! 
 ロードバイクに乗るのがイケてる!
 ロードバイクこそが素晴らしい自転車だ!

と、言わんばかりの勢いである。

 だけど、、、、、

 かつてより、この現象は不可解でどうにも腑に落ちないところがあるのだ。ピストなんていう実用性ほぼゼロどころか危険ですらある自転車が流行るように。流行というのはそういう理屈で説明できないものではあるけどね。

 ちょっと検索してみると、

 最近、自転車(ロードバイク)がブームって本当ですか?

っていう、ヤフー知恵袋での質問があった。やはりというか疑問を持っている人も多いようだ。エンゾ・早川氏の本にあったように、せっかく買ってもほとんどの人が1年以内にやめてしまうそうである。

 それに、そんな浮ついた中途半端な連中のために、メーカーもメディアもそれに迎合して、カーボンフレームとコンポーネントばかりに意識が行き、もっと大事なフォークやホイール、タイヤなどの部分が蔑ろにされているなど、明らかに間違って方向に行ってしまっているのも事実だと思う。また、店員がしっかりした知識を持たず、客に言われるままに売るような大型店も登場し、結果として不幸な自転車乗りを増やしているというし…。

 この前、サイクリング部の後輩と話をしたときも、「雑誌でロードバイクばかりが取り上げられているのは異常。新入生には競技班以外にはロードバイクは薦めていない。事故の危険性も高いし…。」と、いうことであった。自転車を正しく認識しているようで、非常に安心した。

 実際、速くて少ないロスで走ることを追求した結果、デメリットが多いのも事実。細いタイヤの結果、ちょっとした路面の起伏や突起物などで転倒するリスクも高いし、路面状態がよく見えない夜なんか怖くてとても走れない。極端な前傾姿勢であまり景色を楽しめないし、それが意外に疲れる。よくパンクするなど煩わしいことも多い。荷物も積みづらくツーリングには不向きで、スタンドもないのであちこち寄るには使いづらい・・・・など、結構デメリットがあるのである。

 要するにロードバイクとは、荷物も何も積まずにただ走るだけの自転車なのである。それもただひたすら走ることだけを目的にする自転車であって、他の目的も含む用途には全く不向き。何を今さらと思うかもしれないが、意外に分かってない人も多い。こういう私も分からなかったのであるが…。

 ただ、唯一実用になるのは、通勤だけだ。これは少ない荷物で、自宅と職場という2点間をただ移動するだけだし、いつも使う経路を走るので路面状態も分かるし、ある程度の距離になると速達性も要求されるので非常に理に適っている。

 最後に、8割以上がせっかく高い自転車を買っても1年以内にやめてしまうということであるが、やはりわざわざ乗るために乗ろうとしてもダメだということの証明でもあろう。他のスポーツが3日坊主で終わるのと同様に。こういう私ですらわざわざ乗ることだけが目的で時間を割いて自転車に乗るということはほとんどしない。というかここ1年してない。

 やはり、日常の足として自転車を使ってこそナンボであると思う。それならば、どうしても乗らざるを得ないから。その場合は、ロードバイクでなく、クロスバイクまたはスリックタイヤを履いた前サスオンリーのMTBでこそ充分快適に自転車ライフを満喫できる。

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夜須のサンクスが閉店になるとは思わんかった…

 もう1ヶ月前のことになりますが、10月1日に夜須のサンクスが閉店になりました。

 <けんちゃんの吠えるウォッチング>
 
1ヶ月ぶりの夜須の海
 コンビニ淘汰の時代

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(閉店となって夜須のサンクス ※けんちゃんより)

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(入り口には張り紙が貼ってあります ※けんちゃんより)

 もともと旧道沿いの街の中にある南野ストアでしたが、国道の交差点に移転して新たにサンクスとして1998年7月に開店。ちなみに、南野ストア自体も新聞販売業も兼ねていたこともあって、午前3時ごろから開店し夜遅くまで営業していました。商品もバリエーション豊かでもともとコンビニみたいな店ではありました。

 その前年には、東に200mほどの国道沿いにスパーが開店していましたが、その客を一気に奪い翌年の99年2月頃には、あっという間に閉店に追い込んでしまいました。それが、今度はこっちが閉店するはめになるとは、全然思いもしませんでした。

 国道沿いでしかも交差点、夜須の街の中で、集客力のあるヤシィパークも目の前、さらに駅前とすごい恵まれた立地でした。列車に乗る前に、ジュース等を買うのにも便利でした。実際にそこそこ繁盛していましたし。絶対に潰れないと思っていました。

 しかし、オーナーがあちこちに事業を広げた結果、県外のあるお店が立ち行かなくなり、夜須のサンクスも閉店を余儀なくされたようです。5月にはヤシィパークの居酒屋「南風の海」も閉店したようですし。

 夜須には、その後にできたローソンが残っていますが、駅や街から離れているためかなり不便です。 街の中では、小型スーパーのミツワがしぶとく営業を続けていますが、がんばってもらいたいものですね。けっきょく、後からできたものは全部なくなって以前からあったのが生き残った形になりました。

 コンビニができる前は、食料品と簡単な日用品が置いてある商店しかなく、雑誌等を買いにいくには、野市まで行く必要がありました。 コンビニができてから、一折だがすぐ近所で入手できるようになりました。ゲームソフトが夜須で買えるようになったのは革命的でした(笑) その点はよかったと思いますが、再び野市までわざわざ行くしかない時代に戻ったようですね。

 最初は高知にやって来たローソンを見てやっと近代的なものができたと感動したものですが、高知ではコンビニは出来てもすぐになくなるので、「全然、コンビニエンスやないやないか! と思いますね。24時間営業というのにはなから無理があるのでしょう。

 それにしても、コンビニ経営には酷い現実があるようです。

 コンビニ経営だけはするな!

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自転車も急に止まれない!

 「車は急に止まれない」という定型文は誰でも知っている。走っている自動車は急ブレーキを踏んでもすぐには止まることができないから、歩行者は気をつけろということは言うまでもないことだ。本当は、運転者こそ急に止まれないことを肝に銘じるべきだが…。

 一方で、「自転車は急に止まれない」とはほとんど言わない。けど、自転車こそ急には止まれません!別に整備不良とかそういうもんでなくても、実は自動車よりも止めるのは簡単ではないのである。

 単に、ママチャリで低速運行しているから分からないだけであって、同じ速度での制動距離は自転車の方が確実に長い。30km/hから停止する場合は、自動車であればちょっと強くブレーキを踏めばすぐに止まるが、自転車はそうはいかない。ママチャリの場合は、かなりの制動距離を要する。かえって無理に急ブレーキをかけると、バランスを崩して転倒するか、車輪がロックして(ABSも何もないので…)かえって制動距離が長くなる。

 MTBなどに装備される高性能なVブレーキやディスクブレーキに関しては、格段に制動能力は高いが、それでも使いこなすのには慣れが必要だ。下手に使うと危ないことこの上ない。

 たまに、こういうことを知らないドライバーが平気で自転車を抜かして沿道のコンビニに入るために目の前で横切ったり、逆に脇道から直前で出てきたりして、”チョーむかつく”ことがある。ぶつかって怪我するのはこっちだしね。

 もちろん、自動車側だけでなく、自転車側も「自転車は急に止まれない」ということを前提に気をつけて走るべきではあるが。

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没になったけどとりあえず

以下の文章を高知新聞へ投稿していた。

残念ながら不採用になったが、せっかく時間かけて作ったのでとりあえず貼っておく。暇な時に「高知から持続可能な交通を実現する」シリーズ本編に入れるつもりでいる。

<公共交通のあり方自体の議論を>
土電グループの一部路線廃止、県交通の運賃値上げと、高知の公共交通を取り巻く状況は一層厳しくなっています。
歯止めなく続く利用者減と燃料価格の高騰が直接的に影響していますが、もはや目先の収支や一路線の廃止存続だけの問題ではなく、公共交通のあり方自体を根本から考え直すことが不可欠だと思います。
現在、利用者の多くは学生や高齢者に偏っていますが、地域全体の問題として、いかに老若男女問わず利用されるにはどうずべきかを主眼に議論することが求められます。
高知市議会でも検討されているように、土電.県交の運営統合化も視野にいれなければなりません。鉄道.電車との役割分担も考慮した分かりやすいバス路線網への再編成、公共交通ガイドブック等の情報提供、共通パスの導入などを、行政の支援も得ながら検討していくべきでしょう。
原油価格も依然高止まりし、自家用車の保有.維持もいっそう重い負担となって家計を圧迫しています。事故のリスクもあります。誰もが自動車に乗りたいわけではありません。今後、高齢者の運転による交通事故の増加も懸念されます。
過度な車社会の弊害を是正する意味でも、行政.事業者.市民が一体となって公共交通を建て直すことは急務であると思います。

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高知から持続可能な交通を実現する(82) 「将来へ伝えたい高知市の景観資源[その4]」

 今回は表通りの裏側にありあまり目立たないが、緑と水のある風景を取り上げる。

※写真はいずれも600×450ピクセルでクリックで拡大可能。

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 小津高校前の交差点から円満橋まで至る、城西公園の西側の道路。両側のクスノキ並木が見事で、付近には桜もありすぐ横を江の口川が流れる。都市のど真ん中にありながらけっこう自然が溢れる一帯である。

 高知市が昭和48年(1973)に、両側に計56本のクスノキを植えたそうである。

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 写真を撮影したのは2月なので、木の葉がほとんどないが、夏には緑濃い空間に変身する。

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 城西公園と江の口川。江の口川もだいぶ水質が改善され綺麗になった。それは、新堀川の一件をとっても明らかだ。

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 枡形商店街の北側、御幸橋より江の口川の下流方面を見る。今でも石垣護岸で風情が残っていて非常に貴重だ。川沿いには吉野桜。この桜道は1957年以来、川沿いの住人有志の手で守り育てられてきたとか。今、「看板が見えんき、樋がつまるき、木を切れ!」なんて市役所に言う心ない市民とは大違いである。一体、いつからここまで民度が低くなったのか…。

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 同じく御幸橋より、今度は上流側。川岸からのびる桜並木が見事である。

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 御幸橋のすぐ近くの大膳町公園。奥の学校は城西中学校だが、かつてここに高知師範学校があった。

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 ここもちょっと場所を忘れてしまったが、おそらく上町四丁目の交差点をすぐ北に行ったところだろう。この写真のすぐ手前で水路が分かれており、小さな堰も見られる。

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 井口町の水路沿いの風景。水路にかかる小橋が家々とをつないでいる。周辺は迷路のような路地が展開する下町情緒の街並みであるが、最近はその魅力も薄れてきたように思えると淋しいものだ。

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 同じく井口町の水路風景。昔ながらの橋で欄干にも特色が見られる。

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 蛍橋。水路そしてセンダン並木。電車通りに沿って生活道が通っている。

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 同じく蛍橋。再開発された場所には決して感じられない情緒をどことなく感じる。

 「将来に伝えたい高知市の景観資源」と題して、わざわざ「高知から持続可能な交通を実現する」シリーズの中で、4回に渡って伝えたが、一通り手持ちの写真を紹介したので一旦終了。また今度、新たに撮影した時に続編をアップする予定でいる。

参考文献:『わがまち百景-21世紀に伝えたい高知市の風景-』
(1990年3月 財団法人 高知市文化振興事業団)

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(81) 「将来へ伝えたい高知市の景観資源[その3]」

 今回は、建築関連や、いわゆる観光地ではない庶民の街で風情があると思うところを取り上げる。

 ※画像はいずれも600×450ピクセルに統一しすべて拡大可能。

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 江の口川沿いに並ぶレトロな県藁工倉庫。どうやら戦後の建物らしいが、水切瓦など土佐の伝統的な建築様式を随所に取り入れている。背後には中層のマンションが建つ中で、強烈に目立つ建物だ。

 そのうち一部を、graffitiがリノベーションして使用している。歴史的な建造物も、博物館のようにただ大切にとっておくだけでなく使ってこそなんぼである。

 ココロの言霊 ∥高知の街の片隅で・・・ レトロな『藁工倉庫』

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 1文橋より江の口川上流方面を見る。街のあちこちに地域性を微塵も感じない無個性なマンションが増えているが、この周辺も例外ではないようだ。

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 小津高校の正門。県下最大といわれた、ネオ・ゴシック様式の洋風建築であったが、現在では前面のファサードだけ残して、建て替えられた。

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http://www.ce.kochi-ct.ac.jp/~tyama/list01.htmlより転載)

 かつての小津高校校舎。実物を見たことはないが、立派な重厚感のある建築だったようである。

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 校舎の西側にある「開成門」。藩政末期に設けられた開成館の表門として、九反田に建築されたもの。追手門と並んで、城下町の面影を残す遺産である。

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 小津高校と高知大学付属幼稚園の間の小道。何の変哲もない道だが、文教地区だけあって、落ち着いた佇まいが感じられる。

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 小津高校西側の、城北町地区と新屋敷地区を分ける小道。車もあまり通らないので、ゆったり歩けるのがいい。

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 ちょっと正確な場所を忘れたのだが、おそらく新屋敷地区の住宅地。普通の住宅地だが、右側の塀に注目すると…。

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 つまらない工業製品のブロック塀が台頭する中で、土壁と瓦の切れ端を使った塀が高知の住宅地に残っていたとは、驚きである。是非とも残していきたい風景の一つだ。

 この周辺に、マンション反対の張り紙かノボリを見たような記憶があるが、そのようなものができると、一気に住環境は破壊されてしまう。マンションの乱立は、確実に高知市の価値を下げる。短期的にはよくても長期的に見たらあまりいいことはないと思う。

 [その4]へ続く。

参考文献:『わがまち百景-21世紀に伝えたい高知市の風景-』
(1990年3月 財団法人 高知市文化振興事業団)

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(80) 「将来へ伝えたい高知市の景観資源[その2]」

 今度は、街路樹のある風景を中心に取り上げる。

 高知から持続可能な交通を実現する(64)で取り上げたように、電車通りに関しては、街路整備の関連でことごとく街路樹がなくなり殺風景になったしまった。なんともさびしいものである。

 かつては積極的に街路樹を植えていた。今でも電車通り以外は健在であり、おかげで今ではすっかりと成長し、歩道に木陰を落とし暑い夏場でも快適に歩くことができる。

※画像はすべて600×450ピクセルに統一でいずれもクリックで拡大可能。

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 桟橋通り二丁目付近。すっかり街路樹が少なくなった電車通りの中では、緑が多い最後の砦だ。立派に成長したクスノキ並木が、歩道に涼風を与えてくれる。ここは、未だ電線が地中化されていないが、見事な並木のおかげでそれほど目立たない。

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 同じく桟橋通り、梅の辻交差点。並木は立派だが、背後のマンションが…。

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 そして追手筋。日曜市も開かれる、電車通りに並ぶシンボル的な街路である。中の橋通りと交差する部分で、中央の分離帯の樹木は一変する。その東半分は、カナリーヤシ(フェニックス)で、西半分はクスノキである。

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 中央公園と江の口川を南北に貫く「グリーン・ロード」。どうやら、かつてはこのような街路樹に囲まれた遊歩道を整備する計画だったとか。こういうこと考えると、昔の行政担当者の方が、余程まともな都市計画のセンスをもっていたようだ。

 けんちゃんの吠えるウォッチング グリーン・ロードの面影

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 県庁前から鷹匠公園までの並木道。北側がクスノキ、南側がカナリーヤシが植えられている。

Img_4198

 この通りでは、毎週木曜日に木曜市が開催されている。高知市では日曜市のほか、月曜日と土曜日を除く毎日、市内のどこかで市が開かれている。日本の都市の中でも高知市は、もっとも街路市が元気な都市であるそうだ。

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 本町の南側の与力町。鏡川の土手沿いは緑豊かで、閑静な佇まいだ。

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 江の口川を渡る電車通りの高知橋より西側を見る。川の南側のワシントンヤシとカナリーヤシが連続する光景は見事である。高知駅前のワシントンヤシも、南国土佐を彷彿させる立派なシンボルだったが、こちらは現在ヤシィパークに引っ越している。

 その他にも、産業道路や蓮池町通から桜井町にかけてなど、街路樹が多い街路はあるが、手持ちの写真がないので、ここでは紹介はまた今度にする。

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 最近になって整備された街路の景観は酷いに尽きる…。土讃線連続立体交差化事業の関連で、全く変貌した比島町付近であるが、街路樹は1本もなく、ただ広いアスファルトの空間があるだけの極めて殺風景な光景だ。オマケに両脇の建物も新しくなったが、どこにでもあるような、特色のない工業製品のような街並みである。そんな光景が全国各地に量産されている…。だけど、今ある美しい街路は死守すべきだ。

 [その3]へ続く。

参考文献:『わがまち百景-21世紀に伝えたい高知市の風景-』
(1990年3月 財団法人 高知市文化振興事業団)

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(79) 「将来へ伝えたい高知市の景観資源[その1]」

 高知から持続可能な交通を実現する(65)で、高知市の街並みが年々悪化し、特色のない都市になりつつあると書いた。街路樹減少や新堀川問題をはじめとするように、どんどん潤いがないノッペラボウな街並みになり、長い歴史の重みを感じさせる資源が失われているのは、大変残念なことだ。

 そうはいっても、いまでも城下町の名残を思わせる風景や、趣のある路地だって数多く残っている。それらは、どれも将来へ伝えていくべき景観資源である。

 誰もが誇りを持てる住みよい街を創っていく上でも、高知市のアイデンティティを確立していく上でも、決して、それら唯一無二の景観資源を蔑ろにしてはならない。

 観光ガイドブックにも載るような有名な場所から、知る人ぞ知る穴場的な場所まで取り上げていく。とりあえず、4回くらいに分けて記述していく。

 ※画像は、いずれも600×450ピクセルに統一しておりすべて拡大可能。

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 追手筋から見た追手門と高知城。もはや説明不要であろう、高知市最大のシンボルである。

Img_4249

 高知城の南側と東西の一部を囲むお堀である。このお堀は、戦後に高知へ進駐した占領軍司令部の命令で埋められかけたが、ある県の吏員が(本当の意味で)首をかけて根気強く反対したおかげで、埋められずに済んだそうだ。現代の新堀川問題とはエライ違いである。

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 高知城のすぐ東側、藤並公園の将棋風景。すっかりと街の風物詩になっている。

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 こちらは高知城西側の、高知県庁と高知地方裁判所の間のお堀。春の桜の季節は、桜並木が見事だ。

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 同じく、高知城西側のお堀と桜並木。この周辺は、緑が少ない高知市街の中でもオアシス的存在である。

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 高知城天守閣。これも説明不要であろうから解説は省略。

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 高知城天守閣のすぐ下側から鏡川方面を望む。写真では向こうの山全体が写っていないが、高知の街は、周辺部を山に囲まれており、自然との共生・調和を重視すべきだと思う。

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 春の高知城天守閣下の遊歩道。

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 上に同じ。

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 見事なソメイヨシノの成木と、背後の高知市の街並み。

Img_4799

 桜の花は、やはり美しい。春には高知城周辺は花見客で大いに賑わう。これも歴史を積み重ねた街の風物詩である。

 [その2]へ続く。

参考文献:『わがまち百景-21世紀に伝えたい高知市の風景-』
(1990年3月 財団法人 高知市文化振興事業団)

〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕

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高知から持続可能な交通を実現する(78) 「公共交通でめぐる観光スタイルの確立」

 観光活性化と公共交通活用について、かつてちょっとだけ取り上げた(参考:高知から持続可能な交通を実現する(23))が、『ブログ「浦戸湾」』に下記の記事がアップされているので、それを参考にしながら話を進めていこう。

 観光立県と公共交通 (2008年9月25日)

 また「土佐ローカリズムちや」のナカちゃんも、関連するエントリをいくつかアップされているので、こちらも参考にしていく。

2008/02/18 [桂浜行き観光遊覧船出動!]
2008/02/15 [【公共交通で海・山・川】やっぱり山は大豊町]
2008/02/13 [高知市内観光モデルの確立]
2008/02/13 [はりまや橋の埋蔵金はどこに?]
2008/02/11 [南都北嶺のまちづくり]
2008/02/10 [桂浜方面への巡航船]
2008/02/08 [ライトレール南の終点”桂浜駅”]
2008/02/07 [観光の再定義]
2008/02/07 [観光客1日1万人作戦]
2008/02/05 [観光政策とはこういうこと]
2008/02/04 [滞在型・体験型観光とは何か?]
2008/02/03 [おらんくでエコな新土佐藩へ来てみいや]
2008/02/03 [観光の本質は]
2007/12/24 [都市計画の核にすべきもの]
2007/12/21 [セールス専従班の設置]

 ナカちゃんが書かれているように、

高知は30分で海でも山でも川にも行ける。

しかも全部本物の自然。
無料で楽しめる自然。

30分で仁淀川に行って、泳げる、魚が釣れる、楽しめる。
30分で工石山に行って、登れる、おいしい空気が吸える、見晴らしもえい。
30分で手結へ行って、泳げる、焼ける、ビールが飲める。

この価値を絶対に失くしたらいかんと思う。

 高知のすごいところはこれに尽きると思う。 高知市街を離れるとすぐに自然と触れ合うことができる。私もすべて把握できてはいないが、宝の山であることは間違いないようだ。

 でも、この価値を最大限に生かすためには、各所を相互に結ぶ公共交通ネットワークが充実していなければならない。 決して、クルマや駐車場ではないと、はじめに言っておく。

 観光の交通手段というと、まず自家用車(レンタカー含む)が思い浮かぶかもしれない。しかし、自動車でのアクセスは、それが集積すると自動車の氾濫となり、そういう自然や歴史資源の魅力が台無しになる。いくら自然が良くても、その玄関口で自動車が溢れ、巨大な駐車場があったら興ざめだ。渋滞や事故の原因にもなるし、排気ガス臭いし騒々しくて、まるでいいことなし。 例えば、法隆寺のまん前に観光客用の巨大駐車場がドーンと構えてあったらどうなのかを考えれば一目瞭然だ。

 さらに、自家用車での観光は、観光客にとってもあまり印象に残らない傾向があると思う。地元の人と直に触れ合う機会もめっきり減るし、運転で神経ばかりすり減らす。渋滞に巻き込まれたとか、駐車場探しで苦労したりとか、狭い車の中に閉じ込められ放しで疲れたとか、マイナスの思い出ばかりが強調される傾向があるような気がする。

 また、自動車で手短にステレオタイプ化された観光地をつまみ食いする観光スタイルは、中身が希薄で薄っぺらいものになる。確かに短絡的にはカネは落ちるかもしれんが、全身全霊で体験するものではないので、深層意識にまでそこでの体験が染み込まない。それだと、決してリピーターにもならないし、まわりの人が新たな来訪者になる可能性も低い。持続的な観光には決してならないのである。

 いくら車社会になったからと言っても、誰もが自動車を保有し運転できるわけではないし、誰もが運転して観光することを望んでいるわけではない。高齢化が進んだ現在、自動車ばかりで対応するのは難しいし、そもそも外国人観光客には対応不可能だ。

 クルマ中心の都市計画がまちを壊すように、クルマ中心の観光活性化思想は、かえって地域の魅力をぶっ壊し、結果しとして観光の活性化にとってマイナスになると思ったほうがいい。

 ナカちゃんが書かれているように、

観光いうがは、ここに住みたいわという気持ちにさせる歴史とか伝統とか
それに影響されたオリジナルな地方都市社会を見てもらうことやと思う。

観光いうがは、その土地の歴史・伝統・文化から始まって
そこから派生した住みゆう人たちの雰囲気
ほんでその人らあが作りゆう現代的なインフラとか
社会の雰囲気とかも観光の対象になってくるとは思うがよね。

観光いうがは、ふつふつを湧いてくる土地に染み付いた記憶を
見ることでもあると思う。

 だから、本来の観光いや「旅」の交通手段は、究極的には徒歩がいい。四国遍路は、交通機関が発達した現在でも徒歩で巡る人が多いが、これぞ旅の原点回帰である。さらに言うと、観光地などというものも不要だ。来訪者それぞれが、自分の感性でその土地のありのままの姿を受け取ればいいのだから。「ここが観光地です」と、お膳立てしてもらう必要など本来ないのである。

 とは言え、さすがに徒歩では時間がかかりすぎるので、現代人にはすべてをそれで済ますのはとても無理だろうし、何の情報もないのは不安が付きまとう。一定の交通機関やコンテンツはどうしても必要なのである。

 でも、公共交通での旅は、クルマや観光バスとはまるで違う。地元の人々と同じ空間を共有するからである。

 ブログ「浦戸湾」のLadybirdさんも、

史跡や景観だけでなく、「人」は旅の重要アイテムなのだ。観光振興の1つのポイントは、人と人の「ふれあい」の仕組み・装置を、さりげなく忍び込ませておくことだろう。そういう装置の1つが公共交通なのだ。

と書かれているように、公共交通は地域のありのままの姿が滲み出ている貴重な空間なのである。良くも悪くもだけど。

 高知には、鉄道が奈半利から宿毛まで通っており、高知市内には路面電車もある。各地域にバス路線が通じている。これらを上手に連携させて、周遊券等を充実させれば、高知県各所の観光拠点を上手にネットワーク化することができる。有効活用しない手はないのだ。

 高知市内から直通電車が走るようになれば、ふらっと市内の電停から電車に乗って、手結に海水浴や魚釣りに行ける。 久礼に行って鰹料理を楽しむことができる。さらに、仁淀川や安芸、奈半利、大豊、佐川、須崎、窪川、幡多方面にも容易にアクセスできるようになる。移動の最中も、クロスシートの快適な車両で十分景色も楽しめる。

Network
(直通運転ネットワーク案 ※拡大可能)

 さらに、バス路線のネットワークも鉄道としっかり連携できていれば、工石山にも、大栃にも、室戸岬にも、甲浦にも、馬路村にも、梼原にも、土佐清水にも気軽に行くことができる。加えて、タクシーやレンタサイクルを適宜組み合わせたら天下無敵だ。マイカーで観光する必要など全くない。むしろ、ナカちゃんが言うように、できるだけマイカーで観光してもらわない政策を掲げるのも一つの価値になると思う。マイカーで高知入りした場合も、どこかに停めて車から降りてもらい、周遊券を使って公共交通で観光地めぐりするスタイルを構築していきたいものである。

 こうなれば、高知県在住の人だって高知の良さを再発見するようになるだろう。そうすれば、もっと地域をこうしていかないかんということに多くの人が気づくので、新たな価値を生む道も開けると思う。

 理想ばかり書いたが、現実には、鉄道こそ市販の時刻表もあるので、辛うじて観光には使えるのだが、バス利用の方は、もともと末端部では極めて本数が少ないし、的確な情報がないに等しいので、とても使い物にならない。さらに言うと、共通の周遊券などがないので、複数の交通機関を使うと極めて割高に付く。

 少し前のエントリで指摘したように、高知市近郊の公共交通ネットワークは、地元の人でもよく分からない。それでは観光客には全く使えるわけはない。桂浜へ行くにも自動車以外ではどうやって行けばいいのか、そういう案内も不足しているくらいの体たらくだ。

 このように現状では、公共交通機関を使っての観光は極めて限定的にしかできない。アンパンマン列車や、ごめん・なはり線オープンデッキ車両や四万十トロッコ号、土電の外国電車・維新号など乗り物そのものを楽しんでもらおうという取組みはあるものの、本来の移動手段としては、十分活用できずに大きなチャンスを逃しているようでもったいない。

 いきなりは直通運転などの物理的な改良とまではいかなくても、高知市近郊の公共交通ネットワークを分かりやすく再編成すること共通周遊券の充実、「高知県公共交通総合ガイドブック」(参考:高知から持続可能な交通を実現する(60)の発行など、ソフト部分で対応可能な部分は早急に取り組んでもらいたいものである。

 ナカちゃんの言うように、空港からライトレールでそのまま中心市街地へ、高知城、日曜市などをまわってひろめ市場(または土佐料理を扱う食堂や料理店)で昼食。その後、菜園場町の船着場から巡航船に乗って桂浜へ。2、3時間ほどうろついてまた巡航船で市内へ戻る。夕食までは、鏡川沿いなどいい雰囲気が残っている場所をぶらぶら歩いてもえい。夕食は、土佐の地酒と地魚の料理で決まり。宿泊は市内で。翌日は、市内から直通電車に乗って、須崎、梼原、手結、奈半利などの周辺部に…と、観光モデルを構築したいものだ。

 是非とも、空港へのライトレール直結(参考:高知から持続可能な交通を実現する(25))と浦戸湾の巡航船は早期実現させよう!

Kochinetwork
(高知県公共交通網(自治体の代替バスは除く) 四国バスNetより ※拡大可能)

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高知から持続可能な交通を実現する(77) 「土電・県交の統合へ向けての議論復活か」

 「バス一元化論」再び? 高知市長公共交通効率化求める
 (高知新聞 2008年09月19日08時48分)

 どうやら、土佐電ドリームサービスの奥福井線および万々線の廃止問題を受けて、高知市議会で岡崎市長がバス一元化論の必要性を打ち出したとか。

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(土佐電ドリームサービスに残るモノコックバス)

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(高知県交通に残るモノコックバス)

 高知市近郊の路線バスが使い勝手が悪いのは、土電、県交と運行会社が分かれていることが大きいので、是非とも議論を進めていってもらいたいものである。

 これは、もはや単一路線に限っての廃止存続を議論するのではなく、全体の公共交通のあり方自体を変えないとどうしようもないということにようやく気がついた証であろう。

 高知市近郊のバス路線は、実に利用されない要因ばかりだ。本数少ない、運賃高い、しかも通算不可、遅い、時間通り来ない、快適でない、極めつけは路線網の全体像がはっきりしないなど情報の不備による積極的に乗ることを意識できないなど、探せばいくらでもある。それは、上・中・下の3部作「高知市近郊の公共交通ネットワーク再編案」で書いた通りだ。

 今までも書いたが、やるべき必要な施策を簡単にまとめる。

[1] 土電・県交の一元化、それに伴うバス路線網の抜本的な再編成、ダイヤの連携・充実(多系統少便から少系統多便へ)

[2] 運賃の適正化と乗継時の通算化、広域共通パス(1日・1ヶ月)の導入

[3] 情報案内の徹底(路線図の普及、ガイドブックの発行、電停・バス停での利用案内充実)

[4] 絶え間ない啓発・アピール、利用者との情報交換

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高知から持続可能な交通を実現する(76) 「安芸商工会館の看板について」

 安芸市の安芸商工会館の壁面に、このようなスローガンが掲げられている。

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(安芸商工会館壁面のスローガン)

安芸・高知間を30分でむすぼう!
東部交通網整備促進スローガン

 かなり古びた看板で、いつからあったかは不明だ。鉄道とは明記していないが、阿佐線を意識したものであるのは間違いないだろう。

 ごめん・なはり線こと阿佐線が開通した今でも、残念ながら安芸~高知間30分は実現してはいない。最速でも45分かかっているし、通勤・通学の時間帯には快速の設定がないので1時間程度を要している。

 せっかく高速走行可能な立派な設備があるに関わらず、それが最大限の活用をできていないのは、ちょっともったいない。

 だが、30分とはいかなくても、快速運用で土讃線内でも後免~高知間をノンストップ運転すれば7、8分は短縮する。そうなれば、最速約38分だ。さらに、振り子車両を用いて、停車駅を絞れば、安芸~高知間30分は確実に可能である。

 高知から持続可能な交通を実現する(7)で書いたように、土佐電鉄線直通で安芸~はりまや橋間35分は、しかるべき改良を施せば十分可能である。スローガンより5分遅いが、高知駅~はりまや橋間は5分(+乗換え時間)かかることを考えれば、それ以上の時間短縮であろう。

 是非とも、将来的にはこの方向にもって行きたいところである。さらなる安全性の確保は、当然ながら忘れてはならないということを付け加えておく。

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