観光活性化と公共交通活用について、かつてちょっとだけ取り上げた(参考:高知から持続可能な交通を実現する(23))が、『ブログ「浦戸湾」』に下記の記事がアップされているので、それを参考にしながら話を進めていこう。
観光立県と公共交通 (2008年9月25日)
また「土佐ローカリズムちや」のナカちゃんも、関連するエントリをいくつかアップされているので、こちらも参考にしていく。
2008/02/18 [桂浜行き観光遊覧船出動!]
2008/02/15 [【公共交通で海・山・川】やっぱり山は大豊町]
2008/02/13 [高知市内観光モデルの確立]
2008/02/13 [はりまや橋の埋蔵金はどこに?]
2008/02/11 [南都北嶺のまちづくり]
2008/02/10 [桂浜方面への巡航船]
2008/02/08 [ライトレール南の終点”桂浜駅”]
2008/02/07 [観光の再定義]
2008/02/07 [観光客1日1万人作戦]
2008/02/05 [観光政策とはこういうこと]
2008/02/04 [滞在型・体験型観光とは何か?]
2008/02/03 [おらんくでエコな新土佐藩へ来てみいや]
2008/02/03 [観光の本質は]
2007/12/24 [都市計画の核にすべきもの]
2007/12/21 [セールス専従班の設置]
ナカちゃんが書かれているように、
高知は30分で海でも山でも川にも行ける。
しかも全部本物の自然。
無料で楽しめる自然。
30分で仁淀川に行って、泳げる、魚が釣れる、楽しめる。
30分で工石山に行って、登れる、おいしい空気が吸える、見晴らしもえい。
30分で手結へ行って、泳げる、焼ける、ビールが飲める。
この価値を絶対に失くしたらいかんと思う。
高知のすごいところはこれに尽きると思う。 高知市街を離れるとすぐに自然と触れ合うことができる。私もすべて把握できてはいないが、宝の山であることは間違いないようだ。
でも、この価値を最大限に生かすためには、各所を相互に結ぶ公共交通ネットワークが充実していなければならない。 決して、クルマや駐車場ではないと、はじめに言っておく。
観光の交通手段というと、まず自家用車(レンタカー含む)が思い浮かぶかもしれない。しかし、自動車でのアクセスは、それが集積すると自動車の氾濫となり、そういう自然や歴史資源の魅力が台無しになる。いくら自然が良くても、その玄関口で自動車が溢れ、巨大な駐車場があったら興ざめだ。渋滞や事故の原因にもなるし、排気ガス臭いし騒々しくて、まるでいいことなし。 例えば、法隆寺のまん前に観光客用の巨大駐車場がドーンと構えてあったらどうなのかを考えれば一目瞭然だ。
さらに、自家用車での観光は、観光客にとってもあまり印象に残らない傾向があると思う。地元の人と直に触れ合う機会もめっきり減るし、運転で神経ばかりすり減らす。渋滞に巻き込まれたとか、駐車場探しで苦労したりとか、狭い車の中に閉じ込められ放しで疲れたとか、マイナスの思い出ばかりが強調される傾向があるような気がする。
また、自動車で手短にステレオタイプ化された観光地をつまみ食いする観光スタイルは、中身が希薄で薄っぺらいものになる。確かに短絡的にはカネは落ちるかもしれんが、全身全霊で体験するものではないので、深層意識にまでそこでの体験が染み込まない。それだと、決してリピーターにもならないし、まわりの人が新たな来訪者になる可能性も低い。持続的な観光には決してならないのである。
いくら車社会になったからと言っても、誰もが自動車を保有し運転できるわけではないし、誰もが運転して観光することを望んでいるわけではない。高齢化が進んだ現在、自動車ばかりで対応するのは難しいし、そもそも外国人観光客には対応不可能だ。
クルマ中心の都市計画がまちを壊すように、クルマ中心の観光活性化思想は、かえって地域の魅力をぶっ壊し、結果しとして観光の活性化にとってマイナスになると思ったほうがいい。
ナカちゃんが書かれているように、
観光いうがは、ここに住みたいわという気持ちにさせる歴史とか伝統とか
それに影響されたオリジナルな地方都市社会を見てもらうことやと思う。
観光いうがは、その土地の歴史・伝統・文化から始まって
そこから派生した住みゆう人たちの雰囲気
ほんでその人らあが作りゆう現代的なインフラとか
社会の雰囲気とかも観光の対象になってくるとは思うがよね。
観光いうがは、ふつふつを湧いてくる土地に染み付いた記憶を
見ることでもあると思う。
だから、本来の観光いや「旅」の交通手段は、究極的には徒歩がいい。四国遍路は、交通機関が発達した現在でも徒歩で巡る人が多いが、これぞ旅の原点回帰である。さらに言うと、観光地などというものも不要だ。来訪者それぞれが、自分の感性でその土地のありのままの姿を受け取ればいいのだから。「ここが観光地です」と、お膳立てしてもらう必要など本来ないのである。
とは言え、さすがに徒歩では時間がかかりすぎるので、現代人にはすべてをそれで済ますのはとても無理だろうし、何の情報もないのは不安が付きまとう。一定の交通機関やコンテンツはどうしても必要なのである。
でも、公共交通での旅は、クルマや観光バスとはまるで違う。地元の人々と同じ空間を共有するからである。
ブログ「浦戸湾」のLadybirdさんも、
史跡や景観だけでなく、「人」は旅の重要アイテムなのだ。観光振興の1つのポイントは、人と人の「ふれあい」の仕組み・装置を、さりげなく忍び込ませておくことだろう。そういう装置の1つが公共交通なのだ。
と書かれているように、公共交通は地域のありのままの姿が滲み出ている貴重な空間なのである。良くも悪くもだけど。
高知には、鉄道が奈半利から宿毛まで通っており、高知市内には路面電車もある。各地域にバス路線が通じている。これらを上手に連携させて、周遊券等を充実させれば、高知県各所の観光拠点を上手にネットワーク化することができる。有効活用しない手はないのだ。
高知市内から直通電車が走るようになれば、ふらっと市内の電停から電車に乗って、手結に海水浴や魚釣りに行ける。 久礼に行って鰹料理を楽しむことができる。さらに、仁淀川や安芸、奈半利、大豊、佐川、須崎、窪川、幡多方面にも容易にアクセスできるようになる。移動の最中も、クロスシートの快適な車両で十分景色も楽しめる。
(直通運転ネットワーク案 ※拡大可能)
さらに、バス路線のネットワークも鉄道としっかり連携できていれば、工石山にも、大栃にも、室戸岬にも、甲浦にも、馬路村にも、梼原にも、土佐清水にも気軽に行くことができる。加えて、タクシーやレンタサイクルを適宜組み合わせたら天下無敵だ。マイカーで観光する必要など全くない。むしろ、ナカちゃんが言うように、できるだけマイカーで観光してもらわない政策を掲げるのも一つの価値になると思う。マイカーで高知入りした場合も、どこかに停めて車から降りてもらい、周遊券を使って公共交通で観光地めぐりするスタイルを構築していきたいものである。
こうなれば、高知県在住の人だって高知の良さを再発見するようになるだろう。そうすれば、もっと地域をこうしていかないかんということに多くの人が気づくので、新たな価値を生む道も開けると思う。
理想ばかり書いたが、現実には、鉄道こそ市販の時刻表もあるので、辛うじて観光には使えるのだが、バス利用の方は、もともと末端部では極めて本数が少ないし、的確な情報がないに等しいので、とても使い物にならない。さらに言うと、共通の周遊券などがないので、複数の交通機関を使うと極めて割高に付く。
少し前のエントリで指摘したように、高知市近郊の公共交通ネットワークは、地元の人でもよく分からない。それでは観光客には全く使えるわけはない。桂浜へ行くにも自動車以外ではどうやって行けばいいのか、そういう案内も不足しているくらいの体たらくだ。
このように現状では、公共交通機関を使っての観光は極めて限定的にしかできない。アンパンマン列車や、ごめん・なはり線オープンデッキ車両や四万十トロッコ号、土電の外国電車・維新号など乗り物そのものを楽しんでもらおうという取組みはあるものの、本来の移動手段としては、十分活用できずに大きなチャンスを逃しているようでもったいない。
いきなりは直通運転などの物理的な改良とまではいかなくても、高知市近郊の公共交通ネットワークを分かりやすく再編成すること、共通周遊券の充実、「高知県公共交通総合ガイドブック」(参考:高知から持続可能な交通を実現する(60))の発行など、ソフト部分で対応可能な部分は早急に取り組んでもらいたいものである。
ナカちゃんの言うように、空港からライトレールでそのまま中心市街地へ、高知城、日曜市などをまわってひろめ市場(または土佐料理を扱う食堂や料理店)で昼食。その後、菜園場町の船着場から巡航船に乗って桂浜へ。2、3時間ほどうろついてまた巡航船で市内へ戻る。夕食までは、鏡川沿いなどいい雰囲気が残っている場所をぶらぶら歩いてもえい。夕食は、土佐の地酒と地魚の料理で決まり。宿泊は市内で。翌日は、市内から直通電車に乗って、須崎、梼原、手結、奈半利などの周辺部に…と、観光モデルを構築したいものだ。
是非とも、空港へのライトレール直結(参考:高知から持続可能な交通を実現する(25))と浦戸湾の巡航船は早期実現させよう!
(高知県公共交通網(自治体の代替バスは除く) 四国バスNetより ※拡大可能)
〔高知から持続可能な交通を実現する一覧〕
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